十一

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「出来ねぇってどういう事だ?」 市波は安藤と新田の事を土方に話す。 「市波、お前はどう思う?」 「どう思うと言われても困りますね。確かに史実通りの死亡日時だったって事だけ見れば、助けられなかったって事なんでしょう。 でも過程は違う。変えれたとも変えられなかったとも俺は言えないと思ってます」 「俺も同じ意見だ。榊は死に囚われ過ぎてるんだろう」 市波が同意するかのように頷いた。 「この話、俺が預かる。市波、手前とらせたな」 「萠の事なんで気にしないで下さい。土方さん、頼みます」 市波が着流しの裾を翻して戻って行く。土方は月明かりの中、懐手にして今しがた去っていった市波(オトコ)の事を考えた。 始めの頃は調子の良い頼り無いだけの男に思えた。また何故萠が惚れたのか理解できなかった。 それがどうだ。先の目標を定めた途端に目を見張る程の信念と粘りを見せる。 この一年近く、土蔵にこもり先の世の薬とやらを作り続けている。そして完成間近だと言う。 その全てが萠の目的の為だと言うのだから頭が下がる。 そしてたった今、惚れた(モエ)の為に、恋敵である己に頼むと、何の躊躇も無く頭を下げていった。その潔さは清々しくもあった。 土方は市波が中々の男振りである事を認めざるおえなかった。
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