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「俺、萠と会ってから萠の事ばかり考えてた。やっぱり好きだって思った。だから美紀と別れた。そしたらあんな事になってしまった。本当にごめん」 「そっか、杉本さんも辛かったんだね。だけど市波さん。別れるならもっと上手く別れてよね。」 パンと手を叩いた萠。 「さっ、この話は終わり。市波さんはもう謝らないでね。何でこうなったかわかったから。もう良いよ。」 側で聞いていた土方は驚いた。 女子が体に傷痕が残るような事をされたと言うのに、萠は殆ど恨み言とも言わず、あっさりと謝辞を受け取ったからだ。 本当ならば、もっとどうしてくれると詰め寄っても可笑しくない。 しかし、そう思ったのは土方だけではなかった。 「萠、それで良いのか? 体に痕が残るんだぞ。俺、罵倒されて、なんなら二三発殴られるつもりで居たんだけど」 すると萠がクスリと笑った。 「殴らないよ。だって、市波さんが刺したんじゃないでしょう。原因は市波さんかも知れないけど、こんなことになるなんて思っても居なかったでしょう。まあ、目の前に居るのが杉本さんなら、一発くらい殴ったかもね」 「萠らしいな…。ありがとう。」 「うん、もう本当にこの話はお仕舞い。もっと考えなきゃならない事が沢山あるんだよ。 ねえ、土方さん。出来るなら山南さんも一緒に話したいと思うんですけど、良いですか?」 「ああ、だけどどんな話だ」 「市波さんの事です。きっと此所に取って損な話じゃないですよ」 土方は頷くと、大きな声を出した。 「山南さん、ちょっと来てくれないか」 すると、土方の部屋と背中合わせになっている部屋から山南の声がした。 「何でしょう? 今行きます」 屯所である前川邸は、所謂田の字形住宅である。土方と山南の部屋は中央にある襖を開ければ、一続きになる作りだった。 しかし、山南の部屋は書物が溢れ、中央の襖の前にうず高く書物が積まれていて、広縁を回らなければ行き来出来なくなっていた。 「入りますよ」 程なく山南が顔を出す。萠は失礼のないように体を起こそうとした。 「ああ、そのままで」 山南が気遣いの言葉を発するが、話しにくいからとまた土方の布団を借りて背もたれにした。 「お時間を取らせてしまって申し訳ありません。」
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