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「いえ、大丈夫です。さて、何のお話でしょう」 真っ直ぐに背筋を伸ばし山南は萠の前に座る。萠の左には土方、右に市波。車座に対峙する。 「市波さんに入隊試験を受けるように、山南さんが仰ったと聞きました。」 「ええ、此所に残ってもらうには何かしらの役目を果たしてもらわないと困りますから」 萠は山南の言葉に心中ニンマリとした。山南の言葉も土方同様に、役に立つのなら隊士として、人を斬らなくても良いと言っているのと同じだったからだ。 「仰ることはもっともです。そこでなのですが、市波さんは創薬の仕事をしていました。なので、此処でその仕事をさせて貰えませんか?」 土方と山南は二人揃って訝しげな顔をする。 「薬といってもこの時代の薬じゃありません。私たちの時代の薬です。」 「その薬とはどう言ったものなのですか?」 萠は市波の顔を見た。 「ペニシリンと言う青カビから作る薬です。この時代なら梅毒や淋疾(淋病)に効果があります」 「梅毒とは?」 「花柳病の事です」 「花柳病ですか! 不治の病ですよ」 山南が興奮ぎみに声を大きくした。 「私たちの時代では治る病なんです。良く聞いて下さいね。」 萠は此処が肝心と土方と山南の顔を見る。 「昨年、奥医師となられた松本良順さんが、数年後に新撰組で健康診断を行います」 「健康診断とは?」 「体に悪い所がないか調べる事です。そしてその時、新撰組の1/3の隊士が何らかの診断を受けます。一番多いのか感冒(風邪)、二番目が食あたり、そして三番目が花柳病です。」 後年、松本良順が言った言葉に<下賎の人間100人のうち95人は梅毒にかかっている。その原因は花街・売色に規制がないからだ>と言うのがあった。 新撰組は男所帯だ。つまり、花街に出入りする者が少なくない。常に梅毒の危険にさらされていると言っても過言ではなかった。 「三番目が花柳病…」 土方がポツリと溢す。自身の生活を省みれば他人事ではなかった。 「そうです。そんな状態では、いざと言う時に何が出来るのですか? 実際、来年には新撰組の名前を世間に轟かせる事件が起こります。」 土方と山南がにわかに色めき立った。 「詳しくは話せません。ですが、その時にも感冒や食あたりで出動出来る隊士が少なかったと歴史に残っています」 瞬く間に肩を落とす二人。
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