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「おい、うるせぇぞ。人の部屋の前で稽古するな。話すな。」
一段と今日は機嫌が悪いと肩を竦める山南。
「だって土方さん。厠以外、部屋から出してくれないでしょう。もう大丈夫なのに…」
「そうですね。榊君も少し動かないと、後が大変です。過保護もそのくらいにしたら如何ですか?」
しかし土方は首を縦に振らない。それには理由があった。単純に傷だけの心配をしていた訳ではなかった。
萠の傷が塞がったと言っても、萠の体が以前のように戻ったとは思えなかった。同じ部屋に居るからこそ分かる。
立ち上がろうとすると、立ち眩みを起こす姿を日に何度も見ている。血が足りないのだ。
萠が自由に屯所の中を歩くとなれば、其なりに賄いの仕事をさせなくてはならない。
市波には稽古以外の時間に、下男のような事をさせていた。
つまり何もしないのにフラフラと屯所を歩かれれば、他の隊士に示しがつかなくなる。
それは萠に対する不満になりかねない。
そして萠の姿にも問題があった。
萠は現在、男物の着流しを着ている。それは此所に居る者たちの古着だった。
勿論、女の着物を用意しようとしなかった訳ではない。
しかし新しい着物を買う余裕はない。古着をと思うも、何分萠の身長は並みの男より大きい。頃合いの丈の物がなかったのだ。
*江戸時代、町人は新品の着物を買う事は先ずありませんでした。中古の着物を買い求めていました。生涯、五~六枚の着物を穴が開けば繕い、季節が変わる度に季節に合わせ綿を入れて縫い直したりして着ていました。着れなくなった着物は、それこそおしめ(オムツ)や雑巾にして最後まで使いきっていました。
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