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「私たちの時代では大きな物じゃないんですよ。」
「そんな所まで違うのですね。では行きましょう」
屯所の前川邸を出て、四条通に向けて歩き出す。四条通に出る前に鴨川方面へ折れ、暫く行くと、長屋の軒先に仕立てと書かれた札が下がっていた。
「此処です」
声をかけて中に入ると五十手前の男が着物を縫っていた。
「ああ、山南さん、おいでやす」
人の良さそうな笑顔で出迎える。
「与七さん、今日は少し相談に乗ってください」
山南は萠に傘を取るように促す。
「おや、あんさんは女子どすか」
山南は弥七に、萠の身長が大きい為に古着では間に合わず困ったいると話した。
「せやなぁ。お嬢はん身の丈はなんぼあるんでっしゃろ?」
「五尺三寸(160センチ程)です」
「ほー、女子にしてはえらい大きいなぁ。ほな五寸程丈伸ばさな、着られんな。おはっしょりも作られん」
江戸後期の女の平均身長は四尺七寸程(145センチ程)である。
弥七はつかの間考えると、
「ほな、帯の位置で一回切って四寸幅で端切れ足さはったらどないどす。ちょっとおはっしょりは小さなるけど、問題あらへんやろ。帯絞めはったら見えんよってな」
「弥七さん、凄いですね。目から鱗です」
「せやろ。なんぞあったら、またおこしやす」
「榊君、良かったですね。此れで着物が買えますね。」
弥七に礼を言って長屋を出た。
道を四条通に移し、鴨川方面に歩く。次第に人が増え、賑やかになっていく。
「榊君、ちゃんと前を見て歩いて下さいね。ちょっと肩がぶつかっても命にかかわる事もありますから」
市波の話で萠の時代がかなり安全な世であった事を思い出して、山南が注意した。
「はい、わかってます」
山南は萠が道の端のほうになるように並ぶ。他愛のない話をしながら暫く行くと、山南は小路を曲がった。
その先に将棋の駒の形に質と書かれた看板がある。
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