双子協奏曲

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 西日本にある、とある天文台。こここそ龍翔が失くした定期入れを売っているところだった。標高五百メートルほどの小高い山に立つ天文台で、車ですんなりと行ける便利な面がある。舗装された道は一本道でそれしかないものの、それで困ることはない。道の横には一級河川に指定される幅の広い川も流れており、夏場は吹き抜ける風が心地よく夜には蛍も舞う、自然豊かで過ごしやすいところだった。 「今日も快晴か。このまま夜まで持ってくれるといいけど」  そこに車で出勤してきた若宮天翔は、降りるなり伸びをして空を確認する。天文学者である天翔にとって空を見上げることは自然な動作だ。晴れていないと天文観測はままならない。こうやって朝から雲一つない快晴であると、夜の観測に期待が持てるというものだ。  しかしここ最近、夕方にゲリラ豪雨となることがある。そうなったら天文観測のスケジュールが狂ってしまって非常に困る。ここの天体望遠鏡を使う人の中には、論文に必要なデータが揃わなくなる者も出てくる。これは大きな問題でもあった。  そんな天翔は左頬に少し大きめの黒子があることが特徴の三十一歳だ。少々童顔なためによく学生に間違われるが、ここの特任助教という地位にある学者だ。ワイシャツに黒いズボン。これがお決まりのファッションとなっている。というより、他のファッションを採用することがない。長めの前髪を左側に分け、より爽やかな印象を与えていた。しかしどこか表情が乏しく、物悲しげな空気を纏っているのが、その見た目と対照的であった。
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