双子協奏曲

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 学生運動で有名になった講堂の横を抜け、ようやく目的の理学部七号館が見えてきた。これで定期入れの話から一先ず解放されるなと、ほっとしてしまう。しかしまだ探すという作業が残っていた。これで見つからなければしばらく懸念事項となってしまう。  二人で揃って七号館に入ると階段をスタスタと上っていく。ここはコンピュータを使ってのシミュレーションや龍翔たちのような理論系の研究室が並んでいるため、廊下に物が溢れ返っているということはない。各研究室がカオスなことはあるものの、割と綺麗なものだ。  実験室がないというのは空気がきれいなもので、しかも片付いている。これが同じ物理でも実験系だと油の臭いが立ち込めているうえに、溢れ返った物で廊下が半分ほど埋まっていたりする。機械の奏でる轟音も凄いものだ。 「三階っていつも微妙な距離だと思うよな。エレベーターを使うほどではないものの、階段を使うと疲れるっていうか」  上り終えて思わず息を整えるために立ち止まってしまう龍翔はそう千佳に同意を求めた。しかし、まだまだ体力の衰えとは無縁の千佳に冷たい目で見られてしまう。 「先生。日頃から運動不足なんですから、この階段くらい我慢して上ってください。でないと将来困りますよ。いくら理論物理の専門家も、寝たきりだと一人では研究もままならないです。先生は独身でホーキング博士とは違いますからね」  冷静かつ的確なツッコミ。これが精神的に堪えるタイプのものだ。龍翔はがっくりと下を向くしかない。ここで言うホーキング博士とは、車椅子の科学者として有名なあの物理学者だ。彼はALD、筋萎縮性側索硬化症を患い車椅子なしでは生活できない。  しかし次々に新たな研究や、動けるうちにやりたいことに取り組んだ精力的な人でもある。今でもほぼ寝たきりながら人工知能や地球外生命について意見表明をしていた。そんな大人物を引き合いに出さないでもらいたいところだ。 龍翔自身もたしかにここ最近の運動不足が気になるが、かと言って生活を改めることはまずない。仕方なく階段は毎日上るよう心掛けるだけだ。さすがの運動嫌いも寝たきりは避けたい。
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