双子協奏曲

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 思えば、この日の出来事は虫の知らせのようなものだったのかもしれない。あの夏の数日間、それは俺たちにとって大きな変化をもたらすものだった。 そしてこの日から起こったことを考えれば、どうしてもっと早く連絡を取らなかったものかと、あれから数か月経つというのに悔やまれることもある。が、その時は単なる小さな出来事でしかなかった。 「ううん。やっぱりないなあ」  ラッシュ時でぎゅうぎゅうの地下鉄に揺られること数分。もうすぐ目的の駅だというのに、友部龍翔は憂鬱だった。それは別に仕事が嫌になり今から働きたくないとか、職場の人間関係に悩んでいるというものではない。それよりも単純明快で、誰もが経験したことのあることで悩んでいる。それは落とし物だ。何度探しても鞄の中に目的のものを見つけられないからだ。 「家にはなかった。ということは大学にあるのか。落としたとなると厄介だな」  何度も探すが見つからないもの。それは定期入れだ。そこにはもちろん家から目的地の大学までの定期が入っていて、ないと困る。だが、それ以上に困ったものの一緒に入っている。それを誰かに見られたら――知り合いでなければ普通に流してもらえるだろうが、これが顔見知りとなると面倒だ。何を言われるか解ったものではない。きっと追及される。というわけで、何とか誰にも知られない間に発見したい。が、何度探してもないものはない。 「ああ。月曜日から最悪だ。どうして昨日のうちに気づかなかったんだろう」  龍翔がそう呟いて電車のつり広告を見たところで目的の駅に着いてしまった。まだ朝早いがぎゅうぎゅうの電車だ。同じく電車に乗っていた人々は吐き出される。何と言っても通勤ラッシュ時だ。この駅は別の地下鉄の路線への乗り換えが可能なため、降りる人は多い。それに紛れながら龍翔はぶつぶつと自分の行動を確認する。 「まずは定期入れを探す。それからパソコンの電源を入れる。そうしないと定期入れなんてまた忘れるからな。帰りの電車まで気づかないかもしれない」  普通の人が聞いていたら、パソコンの電源を入れたところで定期入れの捜索を忘れないだろうと思うところだろう。が、実際に龍翔はパソコンに向かってしまったら最後、予定がなければ一日中パソコンの前にいる。
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