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<第一章 クーデター>
宮殿の大広間には、王族と、エストリアの重臣達が集まっていた。
今後の国家体制を協議するためである。
「まずはブライアン殿下に速やかに即位していただき、先王陛下の葬儀を、新国王ブライトン三世陛下の名で執り行っていただかねばなりませぬ」宰相を預かるエイガンがまず発言した。
「その通り。一日も早く国民達を悲しみから解放せねば」宗教指導者であり青いローブを身にまとったアウロス司祭長も宰相を支持した。
「各々方、異議はござりませぬな」エイガンが、世継ぎについての議題をまとめに入る。
王太子ブライアンが、何か言おうと立ち上がったその時・・・
「フフフ・・・まあ慌てるなブライアン」ブリアトーレ大公が王太子を制するように口を開いた。
「皆は本当にそれでよいのか?兄の遺言とはいえブライアンはまだ二十歳。我がエストリアの国政を取り仕切れるとは思えぬ」
「伯父上、兄上はまだ二十歳ではなくもう二十歳なのですぞ。既に立太子式も済まされておられれば世継ぎになんの支障もありますまい。そのような無礼な口上、たとえ伯父上とても許しませぬぞ」三男のブライスである。
「ブライスの言うとおりだ。仮にも大公たる伯父上のお言葉とは思えませぬ」次男のブリトニーも弟に同調した。
「ほう、二人とも兄想いではないか。おまえ達こそ、兄さえなくば王になれるものを・・・そうは思わぬのか」
「大公殿下、お戯れもいい加減にされませぬと。火のないところに煙を立てるような・・・」エイガンがたまらず中に入った。
「火のないところではない。儂は物心付いてより常に屈辱と葛藤の中で生きてきたのだ」
「大公殿下、お言葉が過ぎまする」アウロスも驚いていた。
「伯父上、それ以上申されますな。私は確かにまだ若輩者ではありますが・・・」ブライアンがたまりかねたように口を開く。しかし大公の笑いがそれを打ち消した。
「ハッハッハ、まだ分からぬようだな。ナイ!」
何処から現れたのか、そこには、アウロスとは違い紅いローブを身にまとった、魔術師風の男がいつの間にか立っていた。
「大公殿下、恐れながらここはエストリアの最高指導者のみが出席を許された場でありますれば・・・」エイガンが言いかけたその時、
ドドド・・・!
広間の奥側の扉を破って、大公騎士団の紋章をつけた騎士達が一気に乱入し、広間を占拠していく。
「ウワ!何をする」
「伯父上、これはどういう・・・」
「大公殿下!」王子や他の重臣たちはパニックに陥った。
悲鳴と怒号が飛び交う中、大公騎士団は重臣達を次々と拘束していく。
名だたる将軍達でさえも、予想だにしなかった事態の前に成すすべなく騎士に拘束された。
「ハッハッハ、ナイ!」
広間の混乱のなか、ブリアトーレの合図とともにナイが何か白い布のような物を中空に放った。
それは、三枚に分かれ、三人の王子達に向かって行く。
「王子、お逃げ下され!それに触ってはなりませぬ!」
アウロスが、悲鳴に近い叫び声をあげた。
しかし、時既に遅く、三人の王子達にはその布のような物が巻き付き、徐々にその姿を包み隠していった。
「ブリアトーレ!王子に何をする!」エイガンは、もう殿下とは呼んでいなかった。
「すぐに分かることだ」
王子達に巻き付いた「布」は、既に彼らを完全に包み込んでおり、徐々に身体に密着するように人間の形を取っていく。
やがて・・・
「伯父上・・・う!」
「どういうこと・・・あ!」
「なんということだ」
「ハッハッハッハッハ」ブリアトーレの笑い声が響いた。
ブライアン、ブリトニー、そしてブライス・・・
「布」が彼らと一体化するかのように消滅すると、王子達は自由を回復した。
しかし、彼らはすぐに、自身に起こった異変に気づいた。
「お、おのれ・・・」ブライアンが、怒りに満ちた声を絞り出す。しかしその声は、彼を知る者には信じがたい、か細い声であった。
「者ども、よく見るのだ。エストリア王家の規定では、王位継承権を持つ者は王家の血筋である男子でなくてはならぬとある」
既に、広間の重臣すべてが大公騎士団によって拘束されている。
そして彼らも、徐々に異変に気づいた。
「兄はブライアンを次の王にすると遺言したがブライアンを始めブリトニー、そしてブライスも見ての通り・・・」
ウッ!と、悲鳴にならない呻きが重臣達の間に上がった。彼らの視線は、王子達に釘付けになっている。
彼らの視線の先には、信じられない光景があった。
信じられぬといった面持ちで自分の姿を見回している三人の、美しいドレスを着た女が、そこにはいたのだ。
「見ての通り、女になった。王女三人はもちろん男子でないから王位を継ぐ権利がない。よって、王家で唯一の男子となった儂ブリアトーレが新王としてこのエストリアを支配する」
「ブリアトーレ!許さぬぞ!」エイガンはなおも食い下がった。
「エイガン、貴様を宰相の任から解く」
「なにを!」
「エイガン、早まるな!」アウロスが止めに入る。
「しかしこんな茶番劇を、許すわけには・・・」
エイガンは、言い終えることができなかった。騎士の一人が彼を一撃で黙らせたのだ。
「導師殿は物分かりがよいようだ。だが大司祭にも今日で引退していただく。今日からはここにおるナイが、アウロスに変わり司祭長として神事を治める」
ブリアトーレは容赦なく力を背景に人事を続けた。重臣達も完全に大公の騎士達に抑えられているとあっては反対一つできなかった。
主立った重臣のほとんどが解任され、大公の息がかかった者がそれに変わった。
「さて、姫君方についてだが」事態は、ほとんどブリアトーレの独演会の様相を呈し始めている。
「姫君方には現在お住まいの出城を明け渡していただく」
「なに・・・」
王子には、それぞれ首都の外縁部にあり首都防衛の要となっている出城が与えられており、各々に精鋭の直営部隊が持たされていた。
「この宮殿の奥に王女宮を新築して、移り住んでいただくこととなろう」
そこにまとめて事実上の幽閉をするのがブリアトーレの狙いだった。
三人は、ブリアトーレを睨み付けたが、何もすることはできなかった。
「まあ工事の完成まではしばらくかかる故、それまで北の塔ででもみっちり王家の女性としての教育を受けて頂き諸国に恥ずかしくない素直で淑やかな王女になって頂く」
(なんと・・・・)
重臣達の間からざわめきが起こった。
北の塔とは、上級政治犯などを収容する監獄塔であり、そこに入った者は二度と出てこないか、たとえ出てきたとしても厳しい拷問の上ほとんど廃人のようになっているかのどちらかというこの国でも最も恐ろしい場所の一つだった。
そこで「教育」をするというのである。
殺さぬまでもどんなに恐ろしい仕打ちが待っているか、重臣達にもある程度想像が付いた。
「各々方、よもや異論はあるまいな」ブリアトーレは重臣達を見回した。
むろん、異論など出よう筈もない。
「ならば本日の評定はこれまで。明後日に余の即位式を行い、一週間後に兄ブライトン二世の葬儀を盛大に行うものとする。ご苦労であった」
ブリアトーレの高笑いの響く中、重臣達そして「姫」達は、大公の騎士達に「護衛」されて広間から退出していった。
大公の無血クーデターは見事に成功した。
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