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「リリス様、ここらあたりで野営の準備をしませんと」
「まだ早いのではないか」
「いえ、そろそろ準備をしておかないと日が暮れてしまいます」
「そうか」
ムールを朝早くに出て、すでに夕方になっていた。
街道筋を進み、すでに国境地帯に入っている。国境地帯といってもエストリアとエルロンの間はエトナ山脈とその裾野に広がる大森林地帯によって隔てられているため、確定した国境など存在しないし、人もほとんど住んでいない。
一般的にはエトナ山脈を越えるとエルロンであった。
普通はムールからエトナ山脈に入るまでにもう二、三小さな宿場町があるのだが、先を急ぐブライス達は小休止だけして通り過ぎていた。
どちらにしろ大きな隊商は一日で山越えをするために山道に入ったところで一泊する事が多い。
ブライスたちもそれに習うことにしたのだ。
グランツが手際よく薪を集めて火を起こす。
たちまち日が暮れていく。グランツの選択は正しかった。
「お疲れになりましたでしょう。今宵はこのグランツ、不寝番を勤めます故ご安心してお休みなされ」
「何を言っているのだ。それではグランツ、そなたがもたぬではないか」
実際のところ、グランツもかなり疲れていた。が、彼にはもう一つ心配があった。
ブライス、いやリリスは現実的には女である。男の自分でもかなりの強行軍なのに女の身であるリリスにとってはもっと堪えている筈ではないか、と。
しかしそれを口に出すわけには行かぬ。
「では、それがしも折を見て休みます故、ごゆっくりお休み下さい」
「そうか、では先に休むぞ」
(やはり)グランツが思ったとおり、リリスはすぐに寝息を立て始めた。
(おいたわしい。父王を失った悲しみを癒す間もなくこの境遇・・・ブリアトーレめ)
グランツがウトウトしかけたその時であった。
ガサガサ・・・周囲の藪の中の物音を、グランツは聞き逃さなかった。
すかさず剣に手を掛ける。
沈黙を破ったのは、藪の中の方だった。
シュッ!何かが藪から飛んできた。グランツが剣でその矢をなぎ払う。
「何奴!」
「気をつけろ、こいつ、できるぞ」
その声と共に、数人の男が現れた。
「貴様ら、何者だ!」
答えの代わりに、剣を持った男がかかってくる。が、そこはグランツ、一刀の元に切り捨てる。
「どうやら例の山賊のようだな、この俺をエストリアのグランツと知って襲っているのか」
「エストリアの、グランツだぁ?!」
山賊達は、明らかに動揺している。しかし、人数は彼らの方が遥かに多かった。
雰囲気に気付いたのかブライスが目を覚ます。
「グランツ!こいつら何者だ!」
「おそらく例の山賊でしょう。このグランツにお任せを」
しかし、ブライスの目覚めは山賊達には逆効果だった。
「おい、女だぞ!」
「女だ」
「女だ」
ブライスは、自分の方に欲望に満ちたおぞましい視線が突き刺さって来るのを感じた。
このゴロツキどもは、ブライスを欲望の対象として見ているのである。ブライスは、その視線に自分でも言い表せない恐怖を感じていた。戦場で強い敵と戦うときに感じるのとは違う、むしろもっとおぞましい恐怖を。そしてそれは彼、いや彼女にとって初めての経験だった。
山賊達が回りを囲み、じりじりとその囲みを狭めてくる。
「男は殺せ。だが、女は傷つけるな」
ブライスとグランツは背中合わせに、剣を構えた。
「リリス様、油断なさらぬよう」
「分かっている」
その時だった。
ヒヒーン!という馬の嘶きとともに、数人の騎士が現れた。
「逃げろ!国境警備隊だ!」
「待て、山賊ども!」
騎士達が山賊を追い散らしていく。
「けがはござらぬか、良かった、近頃この辺りの山賊の被害が相次いでおります故、警備に回っておったところにて」
隊長らしい男がやってきて兜を脱いだ。その兜の下から現れた顔に驚くグランツ。
「ルーン!ルーンではないか」
「これはグランツ!こんなところで何を?こちらの女性は?」
「ルーン、よく見ろ!ブライス殿下なるぞ」
ルーンは、まじまじとブライス、いやリリスの顔を眺めると、馬を下りて平伏した。
「殿下・・・殿下、よくぞご無事で。ブリアトーレの陰謀にて殿下が女の姿にされ、さらに囚われの身となられたと聞いてご心配致しておりました。騎士団をまとめて奴めを討とうとも思いましたが、殿下の御生存のうちはと思い直し、かといって奴の配下になるなどもってのほか、なればせめてエストリアのためにと国境警備の任に付いておりましたところにございます」
ルーンは男泣きに泣いていた。
「顔を上げよルーン。しかしここでそなたに会おうとは」膝をつき、ルーンの肩に手をかけるブライス。ルーンはようやく落ち着くと、ブライスに尋ねた。
「して、殿下は何故このようなところに?」
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