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「殿下、さあお入り下さい」
ブライアンは、北の塔の一室に押し込まれた。
「さわるな!無礼者」
「ハッ、王太子殿下もこうなってはただの女でございますなあ」
「そのぐらいにしておけ」後ろから見ていた大公が看守をたしなめた。
「気分はどうだブライアン、いやせっかく女になったのだ、もっと女らしい名前を・・・そう、ライラがよい。そうだ、ライラ姫、気分はどうかねハッハッハ」
「大公直々にわざわざ北の塔までおいでになるとは痛み入る」ライラと呼ばれたブライアンは、皮肉たっぷりに答えた。
ブリアトーレはブライアンの顎を持って自分の方に向かせた。
「そのような減らず口もじきに聞かぬようになる。ついでに言って置くが、余は大公ではない。既に王なのだ」
プッ!ブライアンは唾を吐き掛けた。
看守が手を振り上げる。
「待て、傷つけるでない。仮にも王家の姫君だ。丁重に扱え」
看守は納得いかなそうに引き下がった。
「ナイ、例の物を」
後ろからナイが現れる。
(この男はいつも気配なく現れる)ブライアンは思った。
「王女殿下・・・」ナイのしわがれた声が発せられる。
初めて聞くナイの声である。
「司祭長殿までおいでとは、よほど監獄がお好きとみえる」ブライアンはさらに辛辣に言った。
「フォッフォッフォ、案に違わずお元気のよろしいこと。そのお転婆ぶりは直さねばなりませぬな」
ブライアンはナイの、あふれ出るような暗い雰囲気に鳥肌が立った。
「無礼な。下がれ下郎」
「まあまあ、そうおっしゃいますな」ナイが、従者から紅い液体の入った器を受け取る。
「殿下のお薬でございます」
「黙れ!それより私を元の姿に戻せ!」ブライアンの怒りは頂点に達しつつあった。
大公が合図して、看守にブライアンを押さえさせる。
「何をする!」
「ちゃんとお薬を飲んで頂かねば」
「何だと!」
「心配せずともよろしゅうございます。急がなくとも毎日毎日このお薬をお飲み続けられれば、身体だけでなく心から、少しづつ徐々に従順で大人しい、女らしい姫君に生まれ変われましてございます」
ブライアンは抵抗したが、女の身体にされた今となっては看守の力にはとてもかなわなかった。
「やめろ!」
「では、失礼」
ナイが、ブライアンの口を押さえて、紅い液体を流し込む。
「アググググ・・・」
必死に抵抗したブライアンであったが、徐々に呼吸が苦しくなり、口の中の液体を少しづつ飲み込んでいった。
やがて、すべて飲み込まされたブライアンは、力無く膝を突いた。と同時に、意識が朦朧とし始め、何故か幸せな気分になっていく。
(いかん・・・このままでは・・・)そんなブライアンの意識は、薬の麻薬的な効果によって徐々に弱くなっていく。
「これを見よ」不意に、ナイの命令口調の言葉が突き刺さる。ブライアンは反射的に顔を上げた。目の前に光るものがある、彼の目はそれに吸い寄せられた。
「フォッフォッフォ・・・・そうじゃ。それをよく見るのじゃ・・・・」
ナイはゆっくりと、妖しく光る杖の先を回し始めた。ブライアンがその先から目を離せないのを確認すると、ナイはブライアンに問い始めた。
「さあ答えよ、そなたはだれじゃ・・・・」
「わたしは・・・ブライア・・ン・・・エストリア・・の・・王太子」朦朧とした意識の中で必死に答えるブライアン。しかしそれはナイの罠だった。
「いやはや。もうそんな昔のことは忘れておしまいになられよ。そなたはライラ、エストリアの第一王女に生まれ変わったのじゃ」
ナイがゆっくりと暗示をかけるようにブライアンを誘導していく。最初の質問に答えてしまったブライアンには、ナイの言葉が徐々に逆らいがたい命令に聞こえるようになっていった。
「違・・う・・私は・・・」必死に抵抗するブライアン。その顔が苦痛にゆがむ。
「王女ライラよ、認めるのじゃ。おまえはすでに男子にあらず。立派な姫君になるのは王家に生まれたものとしての義務であろう」
「・・・・・」
いまやブライアンの頭の中には、苦痛とともにナイの声だけが響いていた。声に従いたい誘惑が広がっていく。それを見計らってナイは、次なる暗示を与えた。
「受け容れるのじゃ。逆らうほどおまえの苦しみは増していく。ありのままの自分を受け容れれば、苦痛は快楽に変わるのだぞ」
身をよじるようにするブライアン。その表情が声にならない悲鳴を上げ、そして・・・・
苦痛に満ちた表情が、恍惚の表情に一瞬にして変化したその瞬間、
「アァーーーー!」
ブライアンは、長く尾を引くような悲鳴を上げて気を失った。
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