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<第二章:脱出>
「殿下、ブライス殿下」
壁の中から声が聞こえた気がした。
「殿下、ここでございます」
ブライスが振り返ると、壁の一部に小さな穴があき、そこから誰かが覗いている。
「誰だ!」ブライスは思わず声を上げた。
評定の後ここに放り込まれてどのくらい立ったか分からなかったが、ブライスにはとても長い時間のように感じられた。
おまけにナイと名乗るあの妖しい男に妙な液体を飲まされ、執拗に「おまえは王女だ」と、朦朧とした意識の中を魅惑的とも苦痛ともつかぬ不思議な言葉で何度も突き刺された。
ブライスには、何ともいえないあの誘惑的な感触が残っている。
(早く身も心も生まれ変わって、至福の時を・・・)
薬のせいに違いないが、確かに心のどこかからそういう感情がこみ上げてきたのだ。
もしあの時ナイの言うことを受け入れていたら・・・・
ブライスは恐ろしかった。
「殿下、大きな声を出されませぬよう。看守に気付かれます」
「何奴」
「亡き父王陛下の親衛隊にて、中隊長を拝命しておりましたグランツにございます。殿下をお助けに上がりました」
ブライスは驚いた。このグランツという男は、北の塔に潜入してきたのだ。
「しかし、どのようにして」
「こちらより・・・」というなりグランツは、彼が覗いた穴の横の石を外していった。
たちまち穴は、人が通れるほどの大きさになった。
「おお、グランツ・・・そなた・・・」
「さ、早く」
「しかし」
「時間がありませぬ。さあ、早く」
ブライスは、穴から外に出た。するとそこは、人一人がやっと通れるほどの通路になっていた。
グランツが、手早く壁を復旧する。
「こんな通路が・・・」
「この通路は、この塔から出ては困る者を始末するための通路でございます。殿下は運がようございました。三王子の中で、この始末部屋に入られたのは殿下だけでございます」
「運がよいのか悪いのか」
ブライスは、この部屋で何人が「始末」されたのかと思うと背筋が冷たかった。
「おそらくブリアトーレはこの通路の存在を知りませぬ。この通路は歴代の司祭長のみが知る通路にて、ナイの奴めには知らされておらぬ筈です」
「そなたは?」
「司祭長アウロス様の命にて、この北の塔に潜入して参りました。始末部屋を虱潰しにあたり、やっと殿下を見つけだした次第にて、本来ならば遅参を叱責されるべきところ・・・」
「よいよい。それより早くここを」
「ハッ」
ブライスは、グランツの後について通路を進んだ。
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