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所詮僕は、着ぐるみを着ないと人から人気を得ることができない。でも、あいつは普通にしているだけで、黄色い声を浴びている。決して何もしていなかったわけではない。僕だってやれる事はやってきたんだ。だから主役でいられた、なのになんで。
自分を責めないと気が済まない日々。目を覚ましてから見下ろすテーブルの上は、まるで心の中のように荒れるようになっていた。僕はここから逃げ出したくなった。
だけど、あの日僕は彼に教えられた。彼がいなかったら今の僕はいない気がする。
その日は来場者が多かった事は覚えている。修学旅行生や家族連れ。友人であろう団体達。このテーマパークを楽しむ姿がたくさん見受けられた。
途中、中学生の集団が僕に群がってきた。
「かわいい。ねえ、写真撮って」
「きゃー握手して」
黄色い声を向けてくる修学旅行生であろう女子中学生達は、僕の周りを囲み出した。
僕はそれなりにコミュニケーションをとった。心からではなく、体に染み込んだ動きを披露して。おそらく、マーキーの内側ほど、曇っていた場所はなかったと思う。
その中学生達とは、大きく手を振って別れた。この時も思っていた。この子達は笑ってくれているが、どうせ僕の姿を見れば絶望するだろうと。気持ちは虚しくなっていくばかりだ。
なんとか正気を保ちながらキャラクターになり切る事に徹したが、気持ちは途切れそうにだった。本当に逃げ出してしまおうか。そう思ったその時だ。
「会いたかったよ。マーキー」
背後から声高な声が聞こえた。振り向いた瞬間、あの少年は、僕の名前を呼びながら抱きついてきたのだ。
「マーキー元気だった?」
僕は頷いて見せた。
「ほら、そんなに強くしちゃダメでしょ」
後ろから追いかけてきた母親は、少年に注意した。
母親は向けていた目線をこちらに変えた。
「すみません」
僕は大きく両手を振った。
「ねえ、まなと。写真撮ってもらう?」
「うん」
笑顔で大きく返事をした少年に、母親も笑顔を返す。
その視線は僕に向いた。
「写真いいですか?」
母親からの問いかけに、大きく三度頷いて応えた。
僕は、ピースサインをしてニコニコと笑う少年の後ろで大きく広げて見せた。
シャッターを切ると、少年は再び満面の笑みを見せて、僕に抱きついてきた。この時、無意識にそっと少年の頭を撫でた。この瞬間、僕の体に電気が走るような感覚があった。少年のその温もりは、マーキーを通り越して僕の体の芯までやってきた。僕は、心から体が震えそうになった。
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