光源氏が転生?

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光源氏が転生?

上山さちは、熱心に源氏物語を読んでいる。 良質なアウトプットをするためには良質なインプットが必要なはず。 私の文章が拙いのは、古典の名作や文学作品を読んでいないから。 名作を読めば、きっともっと良い小説が書けるはず。現代語訳された源氏物語を読みながら、次の小説のヒントを探していた。 末摘花まで読み進めて、上山さちはふと考えた。 (光の君って現代を生きてたら、ただの不審者。まだ幼い紫の上を誘拐同然で連れ去るし、不審者じゃなく犯罪者) そんなことをつらつら考えてから、読みかけのページに栞を挟んで本をパタンと閉じる。 すると、今閉じた本からまばゆいばかりの光が溢れ、本の中から煙と共に一人の男が現れた。 「どうも、光源氏です」 男は現代語を流暢に喋り、足元はなぜかフィギュアスケート靴、服も平安絵巻のそれではなく、アイドルが着るような派手な衣装。 「それ、光源氏違いだし、靴も間違えてるけど?アイススケート靴じゃなくてローラースケートね」 上山さちは目の前に現れた男が不思議な登場の仕方をしたことに驚きもしない。男は片手でビールマンスピンでもするように、ポーズを決めると、 「出落ちってヤツですよ、奥さん」 気取った物言いをしてから、ドーナツスピンへと足のポジションを変える。 「フローリングが傷つくから、スケート靴脱いでもらえるかな?」 男とは正反対の冷静なテンションでツッコミを入れる。 「いや、登場から盛大に滑りましたね、スケートだけに」 ブツブツ言いながら、スケート靴を脱ぎ出す。上山さちは目ざとく床の傷を見つけて、 「フローリングの修理代、三万は最低でも掛かるな、今請求書印刷するから」 ダイニングのテーブルで待機モードにしていたノートパソコンを開き、請求書をプリンターで印刷して、自称光源氏に手渡す。 「なんと世知辛い。奥さん、私は物語の世界から転生してきたんですよ。普通はもっと驚くとか腰を抜かすもんです。リアクションが薄過ぎて困ります」 上山さちはアイドルのコンサート用の衣装を着た自称光源氏に向かって、 「転生とかさ、ベタ過ぎるの。もっとインパクトのある設定じゃないと小説のネタにならないのよね」 ため息をついて、目の前のおかしな男を観察する。平安時代の美意識で語るなら、彼はイケメンなのだろう。しかし、現代の基準で語るなら、彼の顔は薄過ぎる。 塩顔イケメンという言葉がある。ふた昔前は醤油顔と言っていたらしいが、自称光源氏の顔を調味料に例えるなら、片栗粉だ。 片栗粉イケメンというジャンルが流行れば彼も現代でイケメンと呼ばれるだろう。 塩よりも粒が小さく、粉っぽい。目は細く、寝てるのか起きてるのかわからない。肌の色はは白く透き通るようで、水溶き片栗粉をスープに入れてとろみをつけたときのような白さ。 自称光源氏は何を勘違いしたのか、 「そんなに見つめないでくださいよ。まあ、僕は稀代のモテ男ですけどね」 ダイニングテーブルでパソコンを開いていた上山さちに顔を近づけて来る。このおかしな男が現れた原因の本を振りかぶり、単行本の角で、男の頭をひっぱたく。 「角とか、酷い。単行本の角で殴るとか、現代の女性は恐ろしい」 光源氏が頭を押さえて涙目になる。 「転生してきて早々、人の家の床に傷つけて、初対面の女に無闇に近づく方が悪い」 上山さちは腕組みをして彼を睨む。 「そんな…。きっとこうして出会ったのも前世からの縁が深く、二人の出会いは運命」 色っぽく言う、片栗粉みたいな男に無性に腹が立ち、 「片栗粉みたいな顔して、イケメンみたいなこと言っても無駄。現代の美意識ではあなたはモテないの」 最後の「モテない」に相当ショックを受けた彼は、 「この僕がモテないはずがない。現代でも通じる不変の美しさの力を見せてやる」 脱いだスケート靴を片付けもせずに、靴下だけで出ていこうとする。 「靴も履かずにどこ行くの?旦那の靴と服で良かったら貸すわ。レンタル代は1日500円ね」 「1日500円とか、ぼったくりでしょう。今どきレンタルDVDが1日100円で借りられるんですよ?」 「じゃあ、あなた現代のお金持ってる?靴を買いたくてもお金すら持ってないんじゃないの?ていうかなんで現代のことそんなに詳しいのよ」 「うわ、ゲスい。人の足元見て吹っ掛けてる。まあいいですよ。僕が一度外に出れば、靴や服を買ってくれる女性がいるでしょうしね。現代のことに詳しいのは、この文明の利器スマホて調べたからです」 「ゲスいのはどっちよ。ヒモになってタカる気満々じゃない?源氏物語ではそんな設定なかったけど?」 「裏設定ってヤツですよ。紫式部さんがボツにした光の君のキャラ設定がありましてね。僕はボツの山の集大成」 「なんだ、そういうことか。だから変なことばかり言ってるのね。じゃあ、床の修理代と靴のレンタル代、三万と500円早く精算してね」 ボツ光源氏と、上山さちはマンションを出て、寒さが厳しい街に出る。 ボツ光源氏が女性のナンパに成功するとは思えない。こっぴどくフラれる様を見たくて、底意地の悪い上山さちは後ろから距離を取って後をつこっそりつける。
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