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リアル不審者
街に出たボツ光源氏は、自信満々でナンパするも、数十人の女性に冷たくフラれるという憂き目に遭った。
「だから言ったでしょ?現代の美意識ではあなたはモテないって」
上山さちはうなだれるボツ光源氏にトドメを刺す。
涙がチョチョ切れているボツ光源氏は、目の前を通り過ぎる小学生の集団下校の列を見て、目を輝かせる。
「紫の君~。君なら僕を分かってくれるよね?」
小学生の女の子に突進していく。上山さちはリアル不審者を目の前にして、コイツと関わりがあると不味いと思って、物陰に身を隠す。
小学生達は防犯ブザーを鳴らして、物凄い速さで逃げて行った。追いかけようとするボツ光源氏に、上山さちは飛び蹴りをかます。
「このど阿呆!現代でそれやったら犯罪者や!」
ボツ光源氏は、
「なぜ?僕の紫の君は一体どこに?」
はらはらと涙をこぼして、しょげている。
「なんで本から出て来たかは知らないけどさ、帰りなよ、元の世界に」
上山さちは呆れ返って言う。
「だってさ、僕はボツになったんだ。紫式部さんが構想を練る中で、僕は捨てられた。母に捨てられたも同然だよ。僕だって光の君なのに!」
ボツ光源氏が泣きべそをかきながらわめく。上山さちは初めてこのおかしな男に同情した。
母に捨てられたも同然…。
上山夫婦には子どもがいないので、このボツ光源氏が母に捨てられた子どもなら、なんとかしてあげたいと思ってしまう。
上山さちは、
「じゃあさ、私があなたをモデルにして小説を書くよ。出来が気に入ってもらえるかは自信ないけどね。私と旦那の間に子どもがいないからさ。捨て子だって言われちゃうと放っておけないんだよね」
ボツ光源氏が、
「お母様、一生ついていきます!」
泣き顔はどこへやらけろっとして言うと、
「ついてこないで、元の世界に帰ってね」
脱力感を感じながらツッコむ。
そして、マンションに帰ると、上山さちはノートパソコンを開いて小説の構想を練り、夕方になると食事の支度を始めた。
夜になって上山崇が帰ってくる。
「ただいま…」
「おかえりなさいませ、お父様!」
ボツ光源氏が玄関に現れた。
「君は一体…まさか…。さち、これはどういうことだ!言い訳出来るものならしてみろ!この尻軽女が!」
誤解、いやこのマンションの部屋は六階なのだが、今はそれどころではない。さちは、
「崇、違うのこれは…」
「言い訳するな!男を連れ込むなんて。お前がそんな女だと俺は思ってなかったのに…」
上山崇は玄関で靴も脱がずに膝から崩れ落ちて泣き出してしまった。
さちは夫の誤解を解くべく、今日の午後にあった出来事を丁寧に説明する。
崇もどちらかというと、オタク気質でさちとは似た者同士。
最初は半信半疑だったのに、異世界からの転生者と分かるとボツ光源氏と意気投合。
二人で晩酌しながら、女って奴はと愚痴を言い合っていた。
生憎このマンションには客間がないので、ボツ光源氏はリビングで寝てもらうことにした。
いくら打ち解けたとはいえ、崇は気が気ではなく、結局一睡も出来なかった。ボツ光源氏が妻をこっそり口説くかもしれない。
あくびを噛み殺して必死で徹夜していた。
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