昇華

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昇華

上山家に現れたボツ光源氏は、なかなか小うるさい奴で、さちが書く小説に次々とダメ出しをしていった。 ボツとはいえ、あの紫式部が生み出したキャラクターなのだ。プライドの高さはエベレスト並み。 さちは、どうしたらこのボツ光源氏が元の世界に帰れるか、彼が納得出来るような物語は何か、毎日考え続けた。 そして、紫式部のライバルといわれた清少納言が、ボツ光源氏に片思いをして、ボツ光源氏が振り向いてくれるのを、いじらしく待ち続ける話を書いてみた。 ボツ光源氏は光源氏で、 「洋服に革靴という現代風の服装だからモテないんだ!平安時代の元の服ならモテるはず!」 名案ならぬ謎案を思いついて、コスプレイヤーで賑わうオタク御用達の街を練り歩き、ナンパに精を出した。 しかし、ナンパは全くと言っていいほど成功せず、毎日毎日ナンパに出掛けてはフラレ続け、しょんぼりした顔で上山家に帰ってくる日々。 「毎日毎日ナンパばかりして、この穀潰しが!」 上山さちはボツ光源氏を罵りつつも、さっさと元の平安時代に返してあげたくて小説の執筆を急いだ。 ボツとはいえ高貴な身分のこの男は、食べ物の好き嫌いが激しく、高そうな食べ物ばかり好んでめざとくおかわりを要求してくる。上山家のエンゲル係数が急上昇、家計は赤字寸前だ。 上山さちは必死で小説を書き上げた。 ボツ光源氏がついに清少納言と結ばれる。一度かけた情けをあの清少納言が忘れられずに物憂げに涙を流す。そこにボツ光源氏が現れて久しぶりの逢瀬。朝になって去るボツ光源氏を愛しそうに見つめる清少納言。 これでどうだとばかりにボツ光源氏にプリントアウトした短編小説を読ませる。 ボツ光源氏は、 「ああ、僕もやっと光の君のようになれた」 ページの最後を読むと、片栗粉のように白い肌が透明に透けていく。あんかけチャーハンのあんのように、透けて軽く浮いていく。 「ありがとう、僕の産みの母は清少納言がライバルだったみたいだから。きっと母の自尊心も満たされてスカッとして喜んでくれるよ」 「さよなら、ボツになった光源氏さん。あなたのお陰で楽しい小説が書けたわ」 さちは、白い光を放ちながら消えていくボツ光源氏に手を振った。 手元に残った、末摘花の段で読みかけになっていた源氏物語の続きを読み始める。 さちは、 「アイツから床の修理代、洋服と靴のレンタル代、食費も光熱費も回収するの忘れてた!もう、予定外の出費じゃない、年末なのに」 ひとりで怒りながら、でもアイツがいないと静か過ぎるなと思いながら、源氏物語の続きを読み始める。 『ボツになり 光の君と呼ばれずに 母恋しさに 死にきれず 紫式部の 罪作りかな』 元の世界に帰ったアイツに届くかな? 静か過ぎるので音楽を掛けよう。 今は葵の段まで読み進めた。 月の描写が美しい。 こんなときはベートーベンの『月光』が合いそうだ。 和洋の芸術の傑作のコラボ。 片栗粉みたいなヤツだったけど、嫌いじゃなかったよ。 私が結婚してなければ、君にずっといてほしかったな。 わざとつまらない小説ばかり書いて帰さなかったかもね。 さよなら、ボツになった光の君。
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