【プロローグ】

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【プロローグ】

 藤堂 裕美香  「ユミちゃん、俺さぁ、どうやらあと八か月くらいで死ぬっぽいんだわ」  ガリガリ君のハズレを確認したサクちゃんは、そう言った後に「ザンネン」と小さく付け加えた。  その「ザンネン」が余命を憂いての発言なのか、アイスのハズレについての感想なのか定かでは無かったが、私は何となくサクちゃんが嘘をついてるわけでは無いような気がした。  サクちゃんこと添田 朔太郎と私が出会ったのは、半年くらい前の事だ。  沖縄のリゾートキャバクラでバイトしていた私のもとに、ある時サクちゃんはふらりと現れた。観光客が大半を占める店の中で、彼が旅行者とも現地在住ともつかない独特な空気を纏っていたのを、今でもよく覚えている。  細みながらも引き締まった体躯や、伸びた後れ毛を盗み見ながら、私は「こっちでバイトですか?」と聞いてみた。するとサクちゃんは「逃亡中なんだ」と言って、ニヤリと笑ったのだ。  このエピソードがきかっけで恋に落ちたのかと問われると、そんな気もするし、そうでないような気もする。  が、結果的に私はサクちゃんと一緒に暮らし、二週間にいっぺんくらいの周期で身体を交えている。つまり、ここ沖縄ではサクちゃんに一番近しい存在になるわけだが、私は彼に関する個人情報を殆ど知らないと言ってよかった。  自分探しなんて恥ずかしげもなく口にしてしまう私と違って、サクちゃんは自身の事をあまり語らない。だから”逃亡中”の真相も謎のままなのだが、借金取りが主人公の漫画にあるような物騒な背景ではなさそうなので、特にツッコむ事もなく今に至る。  そんな謎多きサクちゃんは、くだらない冗談は言うが、つまらない嘘はつかない男だ。それは、一緒に生活する中で私が得た数少ない彼に関する情報の一つである。  だから、いきなり余命の告白をされたとして、私は疑う事が出来なかった。  「てか、八カ月って何か中途半端...」  何を言っていいか分からなかった私は、率直な感想を口にした。  それはサクちゃんが気に入るところだったらしい。ニヤリと笑うと「よいところに気が付いたね。さすがユミちゃん」と言って、独自の解説を披露した。  「実際に医者から宣告されたのは半年なんだ。けど、俺は少しだけしぶといからさ、プラス二ヶ月で八ヶ月にしてみた」  「どうせなら、もう少しプラスしといたら」  「そうもいかないよ。楽観的思想で終活すると失敗しそうじゃん」  「確かに」  会話の流れを汲まなければ、”就活”違いに聞こえそうな意見だ。そもそも、終活って死期が分かった後に始めるものだっけ?  現実感を伴わない本当を目の前に立ち往生する私に、サクちゃんは突然ガバリと頭を下げた。  「ユミちゃん、お願いがあるんだ」  「え、なに?」  面倒事を持ち込まないサクちゃんの初めての懇願に、少なからず面食らう。  「弟が居るんだ。一樹っていう」  初めて聞く彼の家族の話に、心臓の奥がトンと跳ねた。飄々として突飛なサクちゃんだが、普通に人の子なのだ。  「一樹に会って来て欲しい」  余命の告白、財産分与、葬儀の手配――現実的なワードが頭を過るが、サクちゃんのお願いは、そのどれに関するものでも無かった。  「それで、伝えてきて欲しいんだ」  「何を?」  「俺が、どれだけアイツを愛してたかって事をさ」  そう言って、サクちゃんはハズレと書かれたアイスの棒を、何故か私の手にそっと握らせた。                
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