第十八連鎖 「噂ノ真相」

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第十八連鎖 「噂ノ真相」

頼みの綱のデスクと連絡が取れなくなったライター。 起死回生の策としてサイトを開き情報を公開した。 この地域に在住、もしくは在勤の方の情報も募ったのである。 集まってきた情報は玉石混合で真偽を確認するのに苦労はした。 だが、これはと思える情報も少なくなかったのだ。 裏付けを取る為に彼は該当宅の訪問とインタビューを敢行した。 雑誌の取材だと偽って故人の思い出を聞くというスタイルで。 行方不明者の家は避けて、後回しにする事にした。 取材している間に発見されるとも限らないからである。 最初に自殺で発見された少年の家は留守の様であった。 インターホンへの反応が全く無かったのである。 次に自殺した少年の家は、その父親が射殺された現場なので立ち入り禁止。 自殺した担任の部屋、及び両親の家も立ち入り禁止である。 病院で自殺した女性徒の家では、何も収穫が無かった。 ただ彼女の遺影の横に活けられていた黒薔薇が印象に残った程度。 そしてライターはスマホのフォルダに残る少年の写真を見せてみた。 「どうですか、見えてますかね?」 「あの犯人の射殺現場にいらしたんですね、凄い写真だ。」 やはり少女の両親には、全く太った少年の姿は見えていない。 何故なんだ…? そしてフォルダに写る少年は更にアップで彼を指差していた。 …次は俺の番なのか? 心中自殺した二人の少女の実家では、互いに相手の過失を疑っている。 そしてここでも両家では玄関とリビングに黒薔薇を飾っていた。 流石に3軒も続くと飾っている理由が知りたくなってくる。 「この黒い薔薇は何故、飾られているのですか?」 「娘が気に入っていて…黒い色ですし、送るのに相応しいかと思いまして。」 「気に入っていたんですか…。」 病院で自殺した校長は独居。 射殺されたナイトサファリのメンバーは、実名報道されていない。 射殺犯の巡査、及び刑事は捜査中の為に報道出来ず。 教頭とタクシー運転手は事故死。 インタビューからはサイトにアップ出来る情報は何も得られなかった。 行方不明の生徒二人とデスク、彼等の情報は集まって来ない。 どうやったら全貌を知る為の糸口を見付けられるのか? ライターは困り果ててしまった。 そんな時に、サイトに有力情報の提供者が現れる。 彼女はユタと名乗り、現場の団地に在住だと書いた。 彼は訪問の約束を取り付けてから再び団地へと向かう。 第一発見者の青年は食料の買い出しで外出していた。 頬はこけて瞳は紅く、そして無表情である。 彼は帰り路の途中の交番を覗いてみたが、見知った巡査はいない。 彼と同じ様に頬がこけた警官がいただけである。 やはり瞳は紅く無表情であった。 その警官は同僚達の悲劇を受け止めきれずに鬱状態となる。 同僚が民間人4人を殺害した挙句に射殺された。 射殺してしまったのも同期の同僚である。 好意を寄せていた婦警が過剰防衛で無防備の民間人を射殺。 それが彼に一番ダメージを与えていた。 その事実は、まだニュースとして報道されてはいない。 彼等は自宅待機及び謹慎で処分待ちの状態である。 いずれマスコミの餌食と化すのも時間の問題ではあるが。 更に続いていく呪われた事件と増えていく犠牲者。 そして大型台風の接近による警らの強化。 彼もとっくに限界を超えていた。 平和な日本が好きで、それを守る為に警官になったのに。 現実は真逆で、自分を維持するのに精いっぱいである。 彼は時々、拳銃を取り出して見る癖が付いた。 台風の接近による豪雨の為に、川の水位が上がってきた。 暴れる川と呼ばれている本流の水位が氾濫注意にまでなっている。 支流の水位も増えつつあり、川岸の危険度は増し続けていた。 だが役所からの警戒警報では避難指示は出ていない。 傾斜の在る地域なので、危険は低いとの見込みであった。 例え氾濫したとしても床上浸水の可能性は極めて低い。 水は、より低い地域に流れていく為である。 むしろ暴風域に突入した時の危険性を指摘していた。 暫くして本流の洪水氾濫を防止する為に、要である青水門の閉門が決まる。 それによって支流に、豪雨により増えた水を流していく。 下流に拡がる海抜低位地域を守るのが目的である。 …そして、とうとう青水門が閉じられた。 それにより支流の水位は増々上昇していったのである。 避難判断水位を超えて警戒警報が出されたが、住人は動かない。 暴風域に入りかけている現在では、強風の方が遥かに恐れられていた。 ライターが団地に到着した時には豪雨で車から降りれない程。 そこで彼は地下の駐車場に停車して、そこから団地へ入る事にした。 停車したのはエレベーターの近くのスペースである。 片方は故障点検中だったので、動く方で上階へと向かう。 1階で停止してドアが開いた、待っている人がいたのだ。 開いたホールから、老婆が手招きしながら呼び掛けてくる。 ライターは驚きながら老婆に促されてエレベーターから降りた。 1階ホールのベンチに座って会話を始める老婆。 「ユタで御座います、わざわざご苦労様です。」 「どうして自分が地下からエレベーターに乗ると…。  それに初対面ですよね…?」 老婆は口の端だけで笑ってみせた。 ライターは期待した、…これは本物かも知れないぞ。 いきなり老婆は、結論から話し始めた。 「これは呪いの連鎖なのですよ…。」 「呪い…?」 ライターは直ぐに期待が薄れたのを意識した。 これじゃデスクの意見から次には進めないじゃないか…。 「最初に自殺した子は呼ばれたのですよ。」 「呼ばれた…?」 「ずっとずっと前に、屋上から落ちて亡くなった子がおります。」 「前に…、事故ですか?」 「何でもボール遊びをしていて、との事で。」 「その子が呼んだって…。」 「寂しかったんじゃないでしょうか?」 「それで、呪ったっていうんですか…?」 ライターは諦めた、…こんな情報じゃサイトの更新は出来ないな。 老婆に感嘆に礼を言ってから別れ、その子の部屋へと向かう。 取り敢えず、この団地で最初の死者の事を調べようと思ったのだ。 9階でエレベーターを降り、教えられた部屋の前に立つ。 インターホンを押して返事を待っていた。 …その時である。 頭上の灯りが急に点滅し始めた。 廊下の端から順番の様に灯りが消えて闇が拡がっていく。 ライターが立つ部屋の直ぐ隣の灯りまでが消えてしまった。 …ぽん、…ぽん、…ぽん。 その闇の中から何かが彼に向かって転がってくる。 まるで誰かが投げたかの様に、弾みながら。 それは野球のボールであった。 …ぽん、…ぽん、…ぽん。 ライターは背筋に何かが走るのを感じ、急いでその場を離れる。 早足にエレベーターに向かった。 降りて来たエレベーターには老人が乗っている。 彼はホッとして深い溜息を付いた。 急に安心したのか同乗の老人に尋ねる。 取材のつもりではなく軽い世間話のつもりであった。 「以前に屋上から転落した子をご存じでしょうか?」 「…ああ。この団地が出来たばっかりの頃だね。」 「ユタさんに伺って、ご家族に話を聞こうと思ったのですが…。」 「…ユタ?占い師とかのユタさんかい?」 「ご老人のユタさんですが…?」 「亡くなったのはユタさんの孫ですよ。」 「…は?」 「ユタさんが亡くなってからも、もうかなり経つけど…。」 「…!?」 混乱しているライターを残して老人は1階で降りていった。 亡くなっている…? 口の端だけで笑った老婆の顔を思い出す。 彼は大量の冷や汗で冷たくなっていた。 Bボタンを押して地下駐車場へと降りる。 車に乗り込んで、スマホで自分のサイトの確認をした。 ユタ名義の書き込みは全て消えていて読めない。 削除されたのか…、それとも最初から…。 新たな書き込みを読んだ、ハンドルネームは小学生。 内容は稚拙だと思えた。 『死んだ人々がネットに新しい世界を作ろうとしています。  彼等は、その世界の人口を増やそうとしています。  だから人間は殺し合いを止めないのだと思います。  それが彼等のエネルギーになるからです。  この噂は本当なのでしょうか?』 豪雨は勢いを増して、とうとう危険水位を超えた。 青水門が閉じられてからの水位の上昇度は想定を遥かに上回る。 大型台風によって川が、その本性を現し始めたのである。 それでも避難する為に移動する人は殆どいなかった。 強風の被害の方が深刻に報道された為である。 そして風がより強くなったのを合図に、川は土手を下り始めた。 水は徒党を組んで濁流となり凶暴さを増していく。 氾濫警報が出されてから、殆ど時を待たずして。 土手を滑り降りた濁流は人間の生活圏に侵入していく。 それも、強引にである。 警官は拳銃を握って弄んでいる。 瞳は紅く虚ろになっていた。 もう何もかも嫌になっていて、もう何もする気が起きない。 典型的な鬱の症状だが本人にその自覚は無かった。 彼は拳銃を口に咥えてみる。 死後の姿を思い浮かべて考え直した。 次に頭に銃を向けて、こめかみに銃口を当てる。 やっぱり、これだな…。 もう楽になりたいんだよ…、休みたいんだ…。 警官は撃鉄を起こした。 …その時である。 ゴゴゴゴ、ゴゴゴゴ。 突然、交番の目の前の交差点に濁流が流れ込んできた。 茫然としている彼の目前を、大量の水が走り去っていく。 もう既に交差点の車はパニックで渋滞しつつある。 呆気にとられた警官は、意識が覚醒するのを実感していた。 「自殺なんかしている場合じゃない!」 高齢者が多い事でも有名な地域である。 養老施設の多さでも都内で上位であろう。 警官は一番近い老人ホームを目指して、濁流の中に入って行った。 地下駐車場でサイトの返事を打ち込んでいたライター。 相手が小学生だという事で言葉を選んでいた。 カーステレオの音楽で掻き消されていたが、轟音が鳴る。 続けて駐車場入り口から地下へと、濁流が押し寄せてきた。 背後からスロープを流れ込んでくるので気付かない。 車の足元から飲み込み始めた濁流は消化しようと目論む。 彼が目の前の濁流に気付いた時には、もう既に手遅れだったのだ。 普通乗用車は、ある程度まで水に浸かると動かなくなる。 ライターは焦って車の周囲を見回した。 …その時である。 目の前のエレベーターに水が流れ込んでいった。 点検故障中のエレベーターにも勢いよく。 ざばざばっ…、ざばざばっ…。 次の瞬間に、ライターは地獄絵図を見せられる。 流れ込んだ水により中の3人分の遺体が巻き上げられた。 男女生徒の切断された下半身と、墜落により壊れた男性の肉体。 エレベーターの中でランドリーの洗濯物の様に回る遺体。 凝固していた流血が、まるで蘇った様に鮮やかに紅く染める。 現代的な血の池地獄。 「…!」 愕然と見続けていたライターの乗る車の周りは濁流に呑まれていく。 どんどん水嵩は増し続けていって、彼は今や沈みつつある。 ショックから意識を取り戻した彼は、避難をしようとドアに手を掛けた。 だが一向にドアが開く気配が無い。 どんどん背後から濁流は追加されていく。 車内にも濁流は乗り込んできて、ライターを沈めつつある。 地下の為に、流れ込んできた水は増える一方だ。 もう既に窓まで水に浸かり始めていった。 その時に彼は、何故ドアが開かないのか知る。 濁流の間からドアを抑えている手が見えたのである。 小さな手。 「うわあっ、ああああっ!」 ドアは開かず、どんどん濁流は水位を上げている。 ライターは諦めつつあった。 俺も死ぬのか…、何も解らないまま死んでしまうのか…。 濁流により濁った視界で車窓の外を見る。 何かが水中を漂いながらドアを押さえ続けていた。 まるで楽しんでいるかの様に。 最期の最後に見えたのは、あの太った少年ではなかったか…。 水に呑み込まれていく苦しさの中で、そう確信した。 支流から氾濫した濁流は地域に流れ込んでく。 だが土地自体に傾斜が在った為に、被害は殆ど無かった。 予想以上に床上浸水の被害は多かったのではあるが。 この濁流による死者は2名だと報道されていた。 何故か川を渡ろうとして足を取られて溺死した男性。 そして近くの団地の地下駐車場で溺死した男性。 彼は停車中の車内にいた為に逃げ遅れたと見られている。 不思議な事に2人の被害者は、同じ出版社の社員であった。 「ああああっ…!」 …凄まじい息苦しさでライターは目覚める。 暫くしても、過呼吸は続いていた。 とんでもなくリアルな悪夢を見ていたんだな…。 彼は枕元のペットボトルの水を飲み干した。 ベッドから起き上がって、トイレに向かった。 「…っふう。」 手を洗ったついでに顔も洗う。 タオルで顔を拭きながら、鏡を覗いて見た。 そこに彼自身は映っていない。 リビングに行って鏡を覗いて見る。 やはり彼の顔は映っていない。 「…!?」 その時にライターは気付いてしまった。 俺は…死んでいる。
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