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「そっからだよ……あいつも、奴らも壊れて行ったのは――
俺は、本当にその一回だけで終わったんだけど……本当だよ!嘘じゃねえよ!!
でも、奴らは違ってさ……客取るようになったんだよ」
「客……?」
今まで沈黙を守っていた運転席の男が思わず口を挟む。
吐き出して少し楽になったのか、それとも、反応があった事が余程嬉しかったのか、顔色が戻りつつある男がやや興奮気味に続けた。
「そうそう。客だよ。
あの男同士でって噂信じてるやつから金取って、あいつに相手させてたわけ。
そりゃあ、もう酷かったよ。女装までさせて、やらせてたんだから……俺、本当に抜けたかったんだよ……警察に行こうかとも思ったくらいだ――」
でも、行かなかった――
運転席の男が言葉を飲み込む。涙声に虫唾が走る。
その行為を止めなかったのは、自分もお零れを貰っていたからだと言うことは明白だったが、今日はこいつを糾弾しに来た訳では無い。と、必死に聞き役に徹した。
「でもさ……これは嘘じゃない。いや、信じてくれなくてもいいんだけど……あいつはさ、それでも嫌がってなかったんだよ。セックスが好きだって、必要とされるのが嬉しいとか、そんな事言ってた。
だから、あんな事になるなんて思ってなかったんだよ――
こんな事言ったらアレだけど……悪いのはあいつ。全部あいつなんだよ……
ハザマ。
死んだ、間風太」
うっうっと、後部座席から嗚咽が聞こえる。聞くに耐えないと、運転席では男が溜息を吐く。
あと一息。いいから頑張って話してくれ――そう思いながら、窓外に目をやった。禁煙をして二年が経つが、今日ほどタバコを吸いたいと思った日はない。
どのくらい泣いていただろう。後部座席の男がしゃくり上げながらもゆっくりと、話を再開させる。
「休校が開けて、あの噂もなくなって、もうこんな事しなくて済むんだって、俺は思ってた。
でも、なんか違って……その後も客を取ってたのかよくわかんないけど……間は、あいつとずっとヤッてたみたいで……
あの日も――
休校以来、付き合いの悪くなった俺とか呼び出して、放課後あいつの部屋に行ったんだよ。行きたくなかったけど、なんか、その前から間の様子が変で、怖いつーか、俺らの知らない変な奴らとも付き合ってるみたいでさ……逆らえなくて……
そしたら、着くなり、自分のチンコ出して、あいつにしゃぶれって言ったんだ。俺らの見てる前で……それで、淫乱だとかなんとか汚ねえ言葉吐いて、最後にこう言った
『こいつがなんでこんな事するか知ってるか?こいつは雷也が好きなんだよ。気持ち悪いだろ?』
こんな感じかな?もっとひどいこと言ってた気がするけど、よく覚えてねえわ。
次の瞬間、ものすげえ悲鳴が聞こえて、何がなんだかわからなかった。
気付いたら、あいつが間のチンコに噛み付いてて、なんかもうすげえ血で……」
今度は涙ではなく吐き気を堪えるような喘ぎを交えながら、終点に向けて必死で話を続ける。
「パニくりながらも俺は止めようとした訳。したら、あいつは、間から離れて、机の上にあったペンかなんか取って、俺の腕を思いっきり刺したんだよ……傷、今でもあるんだぜ。一生消えないかもって医者には言われてる……
んで、痛いって言うか、もうビビっちゃって、俺が動けなくなってたら、その持ってた何かで何回も何回も何回も何回も……あいつが間を刺したんだよ。まだ夢に見るよ……
あいつ、僕は気持ち悪くない!気持ち悪くない!とかずっと叫んでて、騒ぎを聞いて来た住人だか警察だかに取り押さえられても、ずっと叫んでた。
後は、俺もニュースとかでしか知らない。あいつ、病院かどっかに容れられて、もう出てこられないんだろ?
ま、これが真実ってやつ。どうだった?満足したか?」
言い終えるなり、大分顔色の良くなった男が長い息を吐いた。つられるように、運転席の男も長い息を吐く。
なんとも言えない空気が車内に充満した。
「それにしても……」
ふと、思い出したように、後部座席の男が口を開く。
「今日は、てっきり晴一が来るのかと思ってた……メールの内容からして、晴一じゃないかと思ってたから」
男の言葉に、運転席の男がやっと振り返る。大型犬のような晴一には似ても似つかない、猫を思わせる小奇麗な顔立ちの男。男の顔をやっとまともに捉えることが出来て、初めて後部座席の男の顔に笑みが浮かぶ。
「まさか、兄さんが来るなんて……って、会うのは初めてだけど」
「騙す様なメール送って悪かったな……吹雪雅臣」
久々に誰かに名前を呼ばれた気がして、後部座席の雅臣の肩が緊張に強ばる。
「いや、いいんだ……なんだかんだ言ったけど、話せて良かった。聞いてくれてありがとう」
「礼を言われるようなことは何もしていない。こちらこそ、知りたかった事が知れたからお互い様だ」
と口では言いつつも、ニコリともしない晴一の兄、天志と狭い空間に二人きりという状況に、雅臣は今更ながら居心地の悪さを感じて頭をかいた。
「あんたさ、興味本位って言ってたけど、本当は晴一のためなんだろ?理由は知らねえけど、あいつも学校辞めたってきいたよ」
間を持たせたくてした雅臣の質問に対し、天志の口元が少しだけ緩む。
「いや――確かにあの後あいつはカナリ参ってたな。俺も理由は知らない。でも、今は立ち直って、大検取るため勉強してるよ」
「そっか、ならなんで……」
「まあ、話してくれた礼に本当のことを言えば、この件を引きずってる奴がもう一人いて、そいつにお前のせいじゃない。お前は何も出来なかったって言うためだ」
雅臣は「そっか……」と口の中で呟くと、どこかスッキリした顔で窓越しの空へと視線を映した。
それをきっかけに、天志もフロントへ向き直る。エンジンを掛けようとした刹那、「言い忘れてたけど……」と、雅臣が気の抜けきった声を出した。
「あの日、雷也は一番に逃げたよ。それ以来会ってないし、会いたいとも思わない。何故だか、クラスの奴らはあいつを神みたいに思ってたけど、あいつはただ自分が楽しければいい奴で、そのためなら周りを巻き込んでも平気な奴だった……」
雅臣はその後に続く言葉を言うのを躊躇っているようだった。
それを打ち消すように、天志は「どうでもいい」と言い放ち、車のエンジンをかけた。
終わり
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