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 何もかもどうでも良くなってきた。 「やめろ……」と抵抗してみるものの、あまり力は入らない。もちろん、その程度の抵抗であれば、俺よりも一回り近くデカい晴一をひっ剥がす事など出来るはずもなく、更に力強く抱きしめられてしまった。こうなれば、全力を出したとしても晴一は離れてくれないだろう。まあ、そんな気力もないけれど…… 「さっきから俺の気持ちを勘違いだとか迷いだとか言うけど、先輩に何がわかるんだよ」 耳元で晴一が切ない声を出す。本当にこいつは阿呆なんだな……と呆れるばかりだ。  わかるよ。痛いほどわかる。お前は単純だから。 「もし、俺の気持ちが勘違いだとしても、利用してくれていいよ。兄ちゃんの代わりにさ……」 どっかで聞いたセリフだな。おい。こっちは面倒を通り越して、どうでもよくなってんだよ。 「それにさ、試してみないとわからないじゃん」  そう言うと、晴一はゆっくりと俺をラグの上へ押し倒した。   脱力した大の男を支えながらこのスピードで倒れ込めるなんて、よっぽど鍛えてるんだなと、どうでもいいことを思っている内に、両手首をラグに押し付けられて、完全に組み伏せられる形になる。 「先輩、俺、マジだから……」 熱っぽい瞳に見詰められて、初めて晴一を天志さんに似てると思った。どこが、とは明確に言えない。強いていうなら、まん丸目を細めたら目元が似てるな……なんて――  いや、この状況でそう思いたかっただけだ。 「やめろ。もう一度言う、やめろ」 口ではそう言っても、怒鳴りもしなければ凄みもしない。晴一程度にだって、見透かされて当然だろう。  晴一は子供じみた顔で「嫌だ」と言ってから、俺の唇目がけて自らの唇を降ろしてきた。俺は顔を背け、それを躱す。一瞬迷った唇は、仕方なしに俺の首筋に落ちた。どうやら、無理矢理力でねじ伏せるつもりはないらしい。  もうどうにでもなれと思ってはいるけれど、相手は天志さんの弟だ。もう一つだけでいいから、何か言い訳が欲しかった。 「試すって言ったって……一線超えちまったら、もう後には引けねえよ」 「別にいい」 「俺達の関係がって意味じゃねえ。お前がさ……男とヤる事についてだよ」 「構わない」 「いや――」 「そのこと心配してるなら、もう手遅れだから」 「――は?」 自分でも聞いたことのない素っ頓狂な声が、口から漏れた。手遅れってなんだ?つまり……つまりそういう事か?  雰囲気もへったくれもなく、文章として破綻した言葉で質問攻めにしてみたが、晴一は答えない。それについて説明する気はないらしい。黙々と俺の首筋を啄んでいる。  次第に腹が立って来て、晴一が少し腰を浮かせた隙を狙って脇腹に思いっきり膝をくい込ませてやった。さすがの晴一も俺の上から転がり落ち、声も出せずに悶絶している。 「な、なにすんっだよっ」 晴一が涙目で俺を睨みつけられる様になった頃には、俺は既に立ち直っていた。 「別に説明したくないなら、それでもいい。盛ってるだけならヤらせてやってもいい。でも、俺は何があってもお前を好きになることはないからな」 キッパリと言い放つと、晴一はまた子供みたいに唇を尖らせた。 「別に、もうどう思われたって構わねえよ。でもさ、これだけは聞いてくれ。全部、先輩の事が好きだったからだ。先輩のことしか考えられなくて、どうしようもなかった」 さっきから、ちっとも言わせてくれねえんだもん。と最後は不貞腐れたものの、好きだと言った時の目は真剣だった。  俺が好きだから別の男とヤッただとか、全く言い訳にもなっていないが、俺にはなんとなくわかる。例え勘違いだとしても、そこまで思い詰めていたとは―― 「わかった。せめて、シャワーだけでも行かせてくれ。その間にお前はもう一度、よく考えろ」 まだ蹲る晴一に背を向け、俺は風呂場へと向かった。背中越しに晴一が何かぶつくさと言っていたけど「帰るんならタクシー代抜いてけ」と、財布を投げてあしらってやった。 ――帰るわけない  晴一は既に引けない所まで来ている。  この消化しきれない気持ちを整理するには、もうこうするしかないのかも知れない。そう思うことで、俺の中でも言い訳が出来た。
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