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翌日、目が覚めたのは昼過ぎだった。
晴一は持久力はないけれど継続力は抜群で、実際あいつ自身が何回射精したのかはわからないが、回数にしたら5、6回は致しただろう。俺も何度か絶頂まで達することが出来た。そのお陰で、全く起き上がれない。
もし、目覚めた時に晴一が姿を消してくれていれば、満点だったのだけれど、そこまで空気の読める奴でないことは充分承知の上だ。添い寝してなかっただけでも良しとしよう。
晴一には、金輪際会うことはないと告げるつもりだった。しかし、言うことは出来なかった。
ズルいのはわかっているが、翌日、晴一が学校に行っている時間を狙って、晴一の母親に電話を入れた。
「よく考えましたが、あんな点数を取らせてしまって申し訳なく、今後家庭教師を続ける自信がありません。もし、良ければ今までの料金もお返しします」
と告げると、お母さんは高らかに笑った。
「そんなこと心配しないで。あれでもいい方なんだから、きっと。そもそも、ハルに家庭教師なんてつける気なかったの」
「え?」
「天志がどうしてもって言うからね」
「そうだったんですか……ご迷惑おかけしました」
「迷惑だなんてとんでもない!」
その後は暫くお母さんが一方的に話し続けていた。有難いことに引き止めもしてくれたけど、頑なな俺の態度に渋々折れた。
「それなら、もしハルが三年になった時、血迷って大学行きたいなんて言い出したら、また来てくれる?」
「わかりました。その時はまた連絡ください」
電話を切った後、ドッと疲労感が押し寄せてきた。お母さんへの対応に疲れた訳ではない。これで終わったわけでなく、これからが大変なんだと考えるだけで、気が重くなった。
きっと晴一はおかしなくらい電話やメールをしてくるだろう。全部無視していたら、部屋にも押し掛けてくるに違いない。暫くどこかに避難しなければ……
それよりも憂鬱なのは、天志さんへの説明だ。言い訳や理由なんてろくに聞かないだろうけど、折角紹介してもらったバイトを突然辞めるなんて言ったら幻滅されはしないだろうか。
つーか、弟とヤっちまったんだから、俺はもう天志さんの傍にいる資格なんてないのかも知れない。
そんな迷いを胸にいつもの時間に大学構内で天志さんを待っていたら、俺の目の前を見覚えのあるブランド物の折りたたみ自転車が颯爽と通り過ぎた。
「あ、ちょっ、ちょちょちょちょ、天志さ~ん」
急いで追いかけると、少し離れた所で止まって「おう」と振り返る。絶対視界に入ってただろう……それとも、いつも何も考えないでぼんやり自転車漕いでんのか?アブねえな……と思いながら、こちらまで引き返す気などさらさら無い天志さんの元へ駆け寄る。
「どうした?」
いつもの、世の中の全てがつまらんとでも言いたげな天志さんに向かって、息が整うのも待たずに切り出した。
「あ、あの……事後報告で申し訳ないっすけど……」
「ん?ああ……家庭教師か?」
「え?」
「母ちゃんに聞いた」
「そ、そうっすか……」
晴一にはなんか聞きましたか?と続けたかったけれど、勇気が出ない。
「じゃあ、研究室の方でいいバイトないか聞いとく」
俺が言葉を探している内に、天志さんは再びペダルに足をかけた。
「ちょっ、ちょちょちょ――」
慌てて引き止めると、まだ何かあるのか?と面倒くさそうな視線が返ってくる。
――理由は聞かないんですか?
一番はそう聞きたい。知っているのなら知っているで、その上でのなんとも無いと言う表情を見せて欲しい。もし、知らないのならいっそ打ち明けてしまいたい。そして――御都合主義は承知だが――許して欲しい。
「いや――今回のこともあったし、割のいい深夜のバイトとか自分で探すんでいいっすよ」
もちろん、打ち明けることなどできる訳もなく、思いつきでそう言うと、天志さんは不機嫌そうに眉を顰めた。
「バカか?んな事したら、学業に支障が出るじゃねえか」
学業?一瞬、何を言われたのかわからず、目を丸くしてしまう。
本来ならば俺達の本業はそれであるけれど、それを最重要視して大学生活を送る者は殆どいない。例に漏れず俺も留年しなけりゃいいや程度で、それだって、どちらかと言えば真面目な方だ。
「いいか。お前はちゃんと俺の後を追って院まで来い。俺が正式なチームメンバーになれたら必ず引き抜いてやるから」
まだ、言われていることがよく理解出来なかった。いや、理解出来なかったと言うよりは、信じられないと言った方が正しい。
なかなか言葉を発せずにいる俺を見限って、天志さんはゆらゆらとペダルを漕ぎ始めた。
「お前は俺のそばにいろ」
まるで独り言の様な捨て台詞に、思わず膝が崩れる。
背中越しだったけれど、天志さん、少し笑っていたみたいだ。天志さんの貴重な笑顔を正面から見られなかった事だけが悔やまれる。
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