1.浮かれる甲賀者

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 ディレクターが真剣な表情の副島に耳を傾けた。 「すみません、本当に。けど、これでは野球にならんです。俺らは環境が変わりすぎたんかもしれません。みんな、カメラ意識してもうとるんです。こんな情けないとこ、映してもらう価値ないですわ」  その副島の言葉をカメラは捉えていた。副島にお願いされたディレクターが小さく笑みを浮かべて応えた。 「……副島くん。僕たち夕日テレビはずっとずっと君たち高校球児の姿を追いかけてきた。みんながかっこよく、みんなが上手い訳じゃなかったよ。甲子園出場が目標だった高校もあれば、全国制覇が目標の高校まで様々だ。今、甲賀高校はその岐路かもしれんね。それこそ、副島くんからすればカッコ悪いかもしれないけど、僕たちはそういう姿も取材させて欲しいかな」  ディレクターはあご髭を撫でながら、優しい笑みでそう語った。 「……いや……でも……。最近、俺らずっとこんな調子で……。予選で戦ってきた高校に、こんなん見せられないっす。たった三球のノックで申し訳ないですけど……」 「僕たちはなにも甲賀高校の練習を取材しに来たわけじゃない。今、副島くんのその気持ちを皆に伝えてみたらどうだい? 僕たちはそのまんまを撮る。恥ずかしいことなんかない。副島くんだけでも、僕たちのカメラは無いものと思って、副島くんが今やるべきことを主将としてやって欲しいかな。撮れ高なんか気にしてる場合かい? あと二週で甲子園だよ?」  副島は大きく頷いて、踵を返した。  各々の守備位置でナインが突っ立っている。その中央、マウンドへ副島はゆっくりと歩き始めた。 「集合!」  皆、その声を聞いても反応が薄かった。 「おらっ! 集合って言ってんやろ!」  のろのろとナインがマウンドの方へ歩み始める。副島は皆を集めて、マウンドの周りに座らせた。  座らせたまま、副島は動かない。周りのギャラリーも依然ざわついていた。 「……副島、どうした。何かあったか?」  たまらず滝音がそう切り出した。 「ほんますよ。たった三球でやめてもうて。TV、来てくれてんのに。練習やらんでええんすか?」  月掛がそう言っても副島は声を発することなく、じろりと皆の目を見ていた。一人一人と目が合っていく。蛇沼は副島の目が怒気ではなく悲しみを含んでいるのに気づいた。 「ごめん、副島くん。僕がいきなりエラーしたから連鎖した」  副島と目が合った蛇沼がそう言って頭を垂れると、やっと副島の口が小さく開いた。
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