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白の開襟シャツの胸ポケットに赤い『R』の文字が刺繍されている。それはユニフォームと同じ、燦然と輝くRの文字。
理弁和歌山高校。
和歌山県代表の名門で、高校野球史に燦然と輝く実績を上げ続けている。甲賀ナインが5月に練習試合をさせてもらった高校だ。
その時は、1、2年だけのチームで構成されていた。このゴールポストに登っている者は、その試合で3番ショートを任されていた。名を、伊賀崎道永という。
「あいつ、理弁和歌山のショートやったヤツや」
月掛が歯軋りしている。月掛は認めないが、甲賀と理弁和歌山の練習試合。伊賀崎は月掛より高くジャンプした。月掛はその姿を目に焼き付けていた。全てにおいて月掛より上だった。同じ二年生であることも、月掛の闘争心を掻きたてた。
伊賀崎はゴールポストからひょいと飛び降り、グラウンドに降り立った。
「ようこんなレベルで滋賀学院と遠江に勝てたな。二校とも腹でも壊しとったんとちゃうか?」
バッグをどさりとファウルゾーンに置き、中からグローブを取り出す。くるりとグローブを回して左手にはめた。
副島がノックバットを抱えたまま、その伊賀崎に歩み寄った。抑えているものの、表情には怒りが隠されている。つい今しがたチームが再び団結し始めたところを邪魔されたのだから、当然かもしれない。
「理弁和歌山の子やな。ここは部外者立ち入り禁止や。悪いけど、出てってくれ」
「キャプテンさん、そんな堅いこと言いなや。甲子園出れて満足して、鈍りきった野球勘を取り戻したるて言うてんねや」
ずかずかと月掛が副島の前に割って入った。
「おい、こら。失せろ」
「おぉ、あんときのチビッ子やな。宙返りしとる場合ちゃうぞ、お前」
月掛が跳んだ。
好戦的な月掛は、反射的に身体が動いてしまった。頭上から蹴りを見舞う姿勢だ。
「やめろっ、月掛!」
副島が月掛を掴もうとするが、天高く届かない。ふと、伊賀崎の気配も目の前から消えていた。足元に影がある。影はふたつ。伊賀崎も宙を舞っている。
と、大きな影が割って入り、轟音とともに伊賀崎が天から落ちてきた。大きな男に頭を押さえられ、地面に叩きつけられている。
「甲賀諸君、非礼をお詫びする。申し訳なかった」
男は立ち上がった。久し振りに見る巨躯に、副島は思わず仰け反っていた。
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