1.浮かれる甲賀者

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 ──滋賀県甲賀市、貴生川(きぶがわ)駅から二両編成の信楽(しがらき)高原鐵道に揺られ、終点の信楽駅を降りる。  改札を抜けると、ちょんちょんと小鳥のさえずりが響き渡る。長閑な大戸川の流れを眼下に旭橋を渡り、国道を真っ直ぐ歩いていく。  セブンイレブンにたむろする若者を横目に、客が三人以上入っているのを見たことがない信楽焼専門店を抜けると、辺りが徐々に寂れてくる。  国道から県道に入ると、いよいよ車線もない。見渡す左右は民家と田畑しか見えなくなってくる。聞こえてくるのは時折通る軽トラの音だけだ。  右手に小高い山が見える。よく見ると、ところどころ木が斬り倒されている。 「……あいつら、あそこで修行してたってわけか」  伸び放題の夏草がガードレールを覆っている。変わらない景色が延々続いたところで、やっとぽつんと歩道橋が見えてきた。遠く見えた歩道橋が大きく姿を現したところで、左に折れて坂を昇る。耳にやっと軽トラ以外の音が飛び込んできた。  そおぉぉぉ、だったり、おおぉぉぉぉ、だったり、野太い声が高台から降りてくる。門が見えてきた。石柱に隷書体で大きく校名が彫られている。  滋賀県立甲賀高等学校。  甲賀高校の敷地に足を踏み入れると、グラウンドに響く各運動部の声に圧倒される。別に、各運動部が名門というわけではない。ただ、娯楽が極めて少ない甲賀高校の生徒たちにとってストレス発散は部活しかなく、自然と声が大きいだけだ。  校舎の方に近づくと、校舎内からも生徒の声が漏れ聞こえてきた。 「真っ暗やん」 「俺ら、収容されてるみたいやん」  その声の意味が分からず校舎を見上げて、会話内容の意味が分かった。  あまりに大きすぎて逆に目立たなかったが、校舎一面に横断幕が掲げてあり、校舎の窓はその横断幕で塞がれていた。 『野球部 全国高等学校野球大会出場おめでとう』  ちなみに、この横断幕に学校は800万を費やしたらしく、校長は後に保護者へ謝罪したとのことだ。  この横断幕の下、TVクルーがあくせくと撮影の準備をしていた。高校野球中継を担う夕日テレビだ。その少し先に、明らかにTVカメラを意識した9人の生徒が並んでいた。  全身黒に白字の明朝体で『甲賀』と書かれたユニフォーム姿の9人。各々が右に左にそわそわと身体を揺らし、離れたところでTVクルーと話す一人のチームメイトの方を見ていた。
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