14.我、甲賀の始祖、大伴資定なり

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 歓声とため息が残る中、甲賀による9回表の攻撃が終わりを告げていた。  怒涛たる攻めでマウンドに上がった石田から5点を奪い一気に逆転を果たした甲賀打線。立ち直れないほどに崩れてもおかしくない状況で、石田は道河原のホームラン後に後続をピシャリと抑えた。だが、その目には涙が溜まっていた。  チェンジとなり、石田はベンチ前まで走り、守備陣を出迎えた。 「すみませんでしたっ」  ベンチへ戻ってくる先輩たちへ石田は頭を下げた。下げた右拳が悔しさで震えていた。  誰も責めるものなどいない。石田の頭を肩へ先輩たちがそっとグローブを乗せていった。その列の最後に回った伊賀崎が石田の肩を抱いて石田の頭を上げた。 「相手が上やった。お前はなんも悪くない。それに……」  涙の痕が残る石田の目が伊賀崎を見つめる。 「それに?」 「試合はまだ終わってねえ。9回裏、俺たちの攻撃が残ってる。俺まで回る。しかも相手のピッチャーは代打出されてマウンド降りとる。お前を負け投手にはしねえから」  マウンドには藤田が上がっていた。  投球練習に入ろうとマウンドの土を確かめていた。藤田は心臓の鼓動が速いのを自覚していた。落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせても、この逆転劇の後、しかも相手は甲子園準決勝での理弁和歌山。平常心ではなかなかいられなかった。  桔梗は直接外野に行かずにマウンドに寄った。甘い言葉をかけるかと思ったが、桔梗は藤田の腰に手をあてて一言だけ檄を飛ばした。 「副島と君が野球部を支えてきた。君の実力は全国クラスにひけをとらないから。最後は君が締めよう」  藤田は背筋を伸ばした。桔梗らしく妖艶だったりふざけたりするのではなく、その桔梗の目はまっすぐだった。 「勝って決勝に行こう、藤田くん」 「はいっ」  九回裏。  理弁和歌山はキャッチャーの鶴橋から。  鶴橋はベンチで高鳥監督に呼ばれていた。   「鶴橋、この準決勝よくやってくれた。資定のボールをよく受けた。石田を上手くリードしてやれなかったこと、それだけは胸に刻んでおけ」  高鳥監督が鶴橋の肩に手をそっと置き、鶴橋は一礼をしてベンチの奥を見た。  ベンチの奥から荒い息遣いが聞こえていた。ベンチの奥で試合を見ず、ひたすらバットを振り込む選手がいた。 「伊東、いくぞ」  高鳥監督がベンチの奥へ声をかけた。 「っす」  がっしりとした体躯の選手がベンチ奥から姿を現した。全身が汗まみれのその選手はバックスクリーンの表示を見た。  九回裏。そうか。負けてるのか。  レガースを外す鶴橋の尻をぽんと叩いた。 「鶴橋、お疲れさん。あとは任せろ。終わらせねえ」  高鳥監督がベンチを出る。鶴橋がその選手とグータッチを交わした。ベンチの選手たちが総出で見送る。 『九回裏、理弁和歌山高校の攻撃は9番キャッチャー鶴橋くんに替わりまして伊東くん。バッター伊東くん』
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