カプセルの夜

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カプセルの夜

 瑞樹さんは、都内でご両親と歳の離れた妹との四人で実家暮らしをしている三十代の会社員。さほど口うるさくはないものの、最近両親がお年頃の瑞樹さんに「結婚はどうするつもりか」と遠回しに圧を掛けてくることが増えてきた。  毎回言い争うのも面倒なので言われるままにしていた瑞樹さんは、月に数回外泊をして家族と距離を置くことで、気分転換を図っていた。外泊といっても、仲の良かった友人たちは軒並み結婚・出産・育児のサイクルに入ってしまいなかなか一緒に旅行する計画も立てられず、かといって毎回ひとり旅は金銭的にも辛い。そこで瑞樹さんは、お手軽に近場の二十四時間営業のスーパー銭湯やスパでひと晩を過ごし、心身ともにリフレッシュをしていた。  都内近郊のスパをあらかた網羅した瑞樹さんが、次に目をつけたのがカプセルホテルだった。近年では女性専用の施設も多くでき、サウナや岩盤浴が利用できる場所もあり、どこも駅近でお値段も財布に優しい。早速瑞樹さんはネットで検索をかけ、小ぎれいで清潔そうなカプセルホテルを予約して週末を過ごすことにした。  写真では目にしたことはあっても、実際に初めて見るカプセルホテルの寝床は衝撃的だった。入口は狭いし天井も異常に低い。まるで棺桶のような息苦しそうな狭苦しい場所で、果たして自分は夜を過ごせるのだろうか。そう思っていた瑞樹さんだが、頭をぶつけそうになりながらも試しに寝床に横になってみると、意外にもその狭さが妙に心地よかった。 「閉所恐怖症の人とかには辛いだろうけど、私の場合あの狭い空間で胎内回帰的な安堵感が得られたんですよね。座禅を組んで瞑想する感じにも、似ているかもしれません。三方を囲まれた狭い空間にひとりで横たわっていると、『無の境地』になれるというか」  すっかりその魅力に取りつかれた瑞樹さんは、都内のカプセルホテルをあちこち巡って、ひとりの週末を満喫した。
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