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「……わたしの体ね、タトゥーが彫ってあるの」
まさか、私に話しかけたのだろうか。隣の少女は脱ぎかけのセーターに腕を通したまま、呟くようにそう言った。確かにそう言った。
こじんまりとした昔ながらのスーパー銭湯。店主と思われるしわしわのお婆ちゃんの姿を見ると、朧気な記憶の中に曾おばあちゃんの顔を見出してしまう。軽率にお小遣いを握らせてくれる、良いおばあちゃんだった気がする。
しかし、夜ももう深い。
タトゥーが彫ってあると自称する少女の体付きから推測するに、十四……十五ってところだろうか。親はどうしたんだろう。タトゥー?そんなものは見えない。
……ああ、この子はちょっと、あれだ。中学の頃、身体中に青黒い痣を作っていた同級生の女の子がいた。それと同じ匂いがする。所謂「ワケあり」の子だ。
「自分で望んで彫ったわけじゃないよ。 ……彫られたの、勝手に、無理やり」
言葉の節々から「助けてほしい、私の話を聞いてほしい」という本心が見え隠れ……いや、この場合隠れすらしていない。それを聞いて、なんかムカつくなという感想を抱いている自分に気付いた。我ながら性格が悪い。
わざとらしくため息をひとつ吐いた。
「タトゥーって、どこに掘られたのさ。ここは銭湯だよ、わかってんの?」
少女は一瞬驚いたような表情をこちらに向けて、それに気付いたのか、虚ろな表情を作り直してから話し始めた。
「……全身、足から頭まで」
「はあ、私には真っ白な肌しか見えんけどね」
「……見えないタトゥーなの、これは。わたしにか見えないタトゥー」
きっと今、私は苦虫を噛み潰した時の顔よりもっと酷い顔をしている。
興味本位で話しかけるべきじゃないと数秒前の自分に教えてやりたい。これは関わってはいけない、さらに話が通じないタイプの人間だ。先程、身体中に青黒い痣を作っていた中学時代の同級生を連想したが、撤回したい。これは電車の中なんかで奇行と恥を晒して、SNSで変なあだ名をつけられて拡散されるタイプの人間だ。
厚ぼったいコートを脱衣かごに投げて、少女に問う。
「じゃあ聞くけど、そのタトゥーは誰に彫られたんだよ」
「……同級生、親、教師、あんな奴ら皆死ねばいい」
……ああ、と思った。こんな時期が私にも確かにあった。
それを攻撃とも思わずに嫌がらせをしてきたクソ同級生、夢を笑ってきやがったクソ教師、自分の考えを押し付けてくるだけでこっちの考えを聞こうとしない親。常に周りが敵だらけで、憎らしかった。きっとこの少女も当たらずとも遠からずって感じの境遇にいるのだろう。
そう思うと、なんだか過去の自分を見ているような気分になってきた。映画なんかでは、未来の自分が今の自分を助けに来るなんてのは定石だろう。
ため息をひとつ出した。
「私もな、見えないタトゥーを彫られたことがあるんだよ」
少女の顔付きはより一層暗くなった。不信、失望、拒絶。
「本当だ、ほら」
そして、手首に刻まれた証拠を胸の前に掲げて、隣の少女に見せつける。
今でもむず痒い、白い線。リストカットの跡。見えないタトゥーの証明。
少女は空いた口が塞がらないと言った様子で目を見開いて、それを見ている。
「お前が言う見えないタトゥーってのはさ、つまり心の傷ってことだろ? 一生消えない、他の人には見えない」
少女はこくり、と小さく頷く。
「長生きしてたら自分にしか見えないタトゥーも消えて見えなくなるもんなんだよ、私みたいにな」
そう言ってにっと笑ってみせるたが、少女は何か言いたげにしていた。けれどそれに気付かない振りをしながら下着を脱衣かごに投げ入れて、
「ま、手首に立てたカッターの跡は結構長いこと残るけどな。寒いし風呂の中で話そうぜ」
と言って銭湯の扉を引いた。むわっとした蒸気と白い湯気が私を襲う。後ろで慌てて服を脱いでいる少女に振り返る。
「そういえばお前さ、今何歳?」
「……十四」
「わけーな!私は二十八だ」
「……聞いてないよ」
同じタトゥーが彫られている二人の女の笑い声が重なった。
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