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6.追跡
《あたしよ!》無線から響く夏帆の声。
《防犯カメラに映っていた軽自動車のナンバーが、Nシステムに認知されたわ! 車の走行経路は、北池袋から首都高速に乗って、千代田、中央から新木場方面、葛西インターで下りてるわ。鴨さん、機捜の第七方面隊に応援要請! 芽衣ちゃん以外のみんなは、すぐに葛西臨海公園方面に向かいなさい!》
《了解!》《了解!》《了解やで!》
葛木、和泉、鴨林が一斉に応えた。
東京マジカルランドは、葛西臨海公園のすぐそばだ。やっぱり、方向は合っている。
《被害者対策、芽衣です!》続いて、被害者宅に入っている正木芽衣の慌て声が無線から発せられた。
《大輝くんの両親に大島幸恵の写真を見せたんですが、三ヶ月ほど前から、家の近所でたまに見かけたそうです》
《三ヶ月ほど前ってことは、ちょうど彼女があのショッピングモールで働き出した頃だね》和泉が応じる。
やはり大島幸恵は、客として来ていた宮沢大輝を見て、何らかの理由で自分の息子であることに気づいたのだ。
「芽衣ちゃん」葛木は右手でハンドルを抑えながら、左で無線を手に取る。
「母親に、大輝くんの手と顔とか、見えるところに痣や傷がないか聞いてほしいんだけど」
《え、あ、はい。ちょっと待ってください》芽衣の声が途切れ、《何? どういう質問なの?》と代わりに入ってきた声は夏帆だった。
「夏帆たん、落ち着いて聞いて」
《あたしはいつも落ち着いてるわよ! 勿体ぶらず、さっさと言いなさい!》
「誘拐された宮沢大輝くんは、宮沢家の養子なんだ」
《それくらい解ってるわよ! それがどうしたって言うの?》
「大輝の実の母親が、大島幸恵だったんだよ」
《え――ちょっと待って、どういうこと?》
「大島幸恵には前科があった。容疑は保護責任者遺棄致傷。大輝くんの実の父親は、生まれたばかりの大輝くんに対して虐待していたらしい。幸恵はそれを止めなかった罪で逮捕されて、執行猶予がついている。彼女は三ヶ月前、光が丘に引っ越してきて新しい仕事を始めた。そこで、客としてきていた宮沢親子を見て、大輝が自分の子どもだと気づいたんだ」
《そんな偶然が――でも、それで、幸恵と大輝がつながったってことね。よくやったわ!》
普通なら戸惑うようなとんとん拍子の展開だが、順応が早いのも夏帆の長所だった。
《すいません、芽衣です。大輝くんの左手の甲には、煙草を押し付けたようなやけどの跡が三つあるそうです》
「それだ。虐待の傷痕だ。大島幸恵は、それ見て、我が子だと気づいたんだ」
《待ってよ、やけどの痕だけで、自分の子どもかどうか解るもんなのかな?》
和泉が割り込んでくる。
「いや、解ったんだ、多分――」葛木の言葉を、夏帆が引き継ぐ。
《だって、母親だもの》
「とにかく、彼女は今日、マジカルランドに行きたいと泣いている大輝を見て、連れて行ってやろうと思ったんだと思う。だから大島幸恵は葛西臨海公園方面へ向かったんだ」
《それは飛躍しすぎじゃない?》と再び和泉。
《根拠は?》と夏帆が尋ねる。
「彼女の部屋に、彼女が子どもの頃に行ったらしい、マジカルランドの写真があったんだ。彼女、すごくいい笑顔をしてた。自分の子どもを連れて行きたいっていう願いを抱いていてもおかしくはない。それが叶うチャンスが来たんだ。衝動的な犯行の動機だよ!」
「しかし、彼女は誘拐犯だ」片山がぼそりと言う。「包丁を持ち出していることを忘れるな」
《お前たち、勝手に何をやってるんだ!》
会話に割り込んできたのは、黒木だった。《全部聞いてたぞ、そんなの全て、証拠がない。ただの直感じゃないか!》
そう言われれば、確かにそうだ。物的証拠は何もない。でも現に、Nシステムの通行記録は、葛西方面に向かってることを示している。
《葛木、どうしてそう感じたの?》
夏帆が静かに尋ねた。
「上手く説明できないんだけど、写真を見たとき、彼女にとって一番大切な思い出なんだと感じたんだ」
《一番大切な思い出――》
《おい、いい加減にしてくれよ》黒木の苛立つ声。
《特捜本部に戻らず、報告も上げず、一体何をやってるんだ! マジカルランドがどうした! 被疑者は人質を連れて逃走中なんだぞ、お前ら、それが解ってるのか!》
《うるさいわね!》と夏帆がさらに鋭く怒鳴った。
《葛木、あたしはあなたの直感を信じるわ!》
《信じて被疑者が捕まるのか。マジカルランドは第七方面、葛西署の管轄だ。仮に被疑者が向こうにいるとしても、所轄に応援要請をして、体制を整えてからだ。勝手に動くな!》
《うるさいわね!》夏帆が早口でまくし立てる。《そんなの、とっくに準備してるわよ。容疑車両がそっちの方面に逃走したことが解った時点でね。それくらい、当たり前の対応でしょ!》
《お前ら、被疑者を検挙できなかったら、どうなるか解ってるんだろうな》
黒木が毒づくが、夏帆には屁のツッパリにもならない。
《それを言うなら、子どもに何かあったら、でしょ。いい、みんな。絶対に生きたまま、無傷で助け出すわよ!》
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