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7.捜索
改札口のような入場ゲートをくぐると、突然に景色が変わり、葛木は思わず立ち尽くしていた。目を奪われるような噴水の向こうに、子どもたちが行列を作っている。その先頭にはネコを模したマスコットキャラクターが二体。午前八時の新宿駅のような混雑だが、しかしそこに気忙しい様子はなく、しかしのんびりとした感じでもない。人が人としてここに立っており、その各々が居心地の良さを感じている、そんな様相だった。
目の前にそびえる中世ヨーロッパのような建物を見上げる。
「葛木も初めてなの?」と夏帆が尋ねた。
「え、ああ、初めてだよ。夏帆たんも?」
「あたしもよ。いるだけで楽しいところね」
夏帆が答え、歩みを速める。
芽衣を除く七係のメンバーはマジカルランドの駐車場に参集し、そこで即席あみだくじを作って役割分担を決めた。結果、駐車場担当になった片山をその場に残し、夏帆と葛木、和泉と鴨林の二手に分かれ、園内の捜索に入ったのだった。
ショップが並ぶゲートを抜けると、目の前に大きな湖が広がっていた。その対岸には、アラビア風の宮殿と大きな火山。
「鴨さん、念のため、迷子センターに張り付いてくれる? 子どもが保護を求めてくるかもしれないから。和泉、よそ見してちゃだめよ!」
《もちろんさ、夏帆たん以上に美しい女性なんているはずないからね!》
そういう意味のよそ見ではないが、誰も訂正のツッコミを入れない。関わると増長することを解っているのだ。
「どこにいるか解らないけど、でもきっと、二人は花火を見に来ると思うんだ」
「花火を?」
「マジカルランドのメインイベントだから。大輝くんが眺めていたポスターも、花火のポスターだったし」
「ここに留まるほど、警察に追いつかれるリスクは高まるわ。それくらい、彼女も解っているはず。夜までいるかしら?」
「彼女はたぶん、実の息子に花火を見せたいだけなんだと思う。彼女の部屋に、一枚だけあった家族との写真は、マジカルランドで花火を見たときの写真だった。十歳の彼女、とてもいい顔をしてた。あのときが、彼女の人生で最も幸せだった瞬間なんだ。自分の息子にも、その幸せを感じさせてあげたいと思っているじゃないかな」
「罪滅ぼしのつもりかしら」
夏帆は腕を組む。「でもそれって、彼女の自己満足よね」
「そうだ。罪悪感がそうさせてるんだ。でも、理屈じゃないでしょ、そういう思いは」
「葛木、あんた――」夏帆がじっと、葛木の瞳を覗き込んできた。「結構、センチメンタルなのね」
「え、」
「まあどうでもいいけど。とにかく、見つけたらすぐに確保よ。夜になれば危険が増す。人が一か所に集まりすぎるから」
「そうだね」
険しい表情が表に出ていたらしい。不穏な空気を察したのか、「お客様」とキャストの一人が声をかけてきて、葛木は焦った。警察だと名乗るわけにはいかない。騒ぎを大きくするわけにはいかない。目立つわけにはいかない。
「何かお困りごとでしょうか? 私たちで、何かお手伝いできることがあれば――」
そうか。ここは魔法の場所だった。無邪気なスタッフの笑顔。
「何でもないです!」と夏帆が突然、葛木の腕に抱きついてきた。「とっても楽しいですよ? ね?」普段、絶対に見ることのない夏帆の笑顔を向けられ、葛木はちょっとドキッとする。こんな顔、することもあるんだな――
「そうですか。何ごともなくてよかったです。では引き続き、マジカルランドをお楽しみくださいね!」
軽やかにお辞儀をして去っていくキャスト。「ちょっと、行ったわよ」夏帆に背中を叩かれ、葛木は我に返る。
「ほら、何ぼーっとしてんの! シャキッとしなさい」
先に歩き出した夏帆の背中を追いながら、葛木はパンパンッと両頬を叩いて、気合いを入れ直す。
《片山だ。マル対の車両を見つけたぞ》
「了解」夏帆が応じる。「駐車場の出入りで待機してて。自分の車に戻るとは限らないから」
「戻らないよ。絶対に」
葛木が言う。夏帆は肩をすくめた。
「あんた、彼女に花火を見せて、自首させたいのね。でも多分、彼女は花火を見たら、あの子を解放して自殺するわよ。そのための包丁でしょ」
「包丁を抜けば、魔法が解けることぐらい彼女だって解ってる。だから、絶対に抜かない」
ふん――っ。ひとつ、夏帆が鼻で笑った。
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