最終章 やっぱり意地悪で好きでたまらなくて

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最終章 やっぱり意地悪で好きでたまらなくて

翌朝出勤した水野はクマの出来た目で、ぼんやりとした意識の中それでも車を走らせていた。 (うー寒い…てか眠れなかった…。なにしてんだ俺) ぼんやりとした頭で若干の自己嫌悪に陥りながらリハビリテーション科でいつもの服に着替え、朝礼へと向かった。 ちらほらと集まっている人達の中に背の高さと体格の良さで一際目立つ相川もその中にいた。 今朝は少し冷えるからかいつも紺色の半袖の相川が珍しく白衣を羽織っており、その姿にほんの少しドキッとしてしまう。 「おはよ」 「…おはようございます」 大人気ないとは思いつつも笑顔で挨拶が出来ず、少し引きつってしまう。そんな水野を見た相川は短く息を吐き出した。 「水野、このあと新患の担当の話あるから17時に402来て」 「わかりました」 (社内メールにすればいいのに…。) 水野はそう思ったが、もしかしたら昨日の事や今の態度でお説教かもしれない。水野は後悔したがもう取り返しはつかない事を分かっており、人から離れると深くため息をついた。 気が気でないまま午前中の患者さんのリハビリをこなし、その日最後の入院患者のリハビリを終え、病室へ送り届ける時の事だった。 水野の勤める病院は現在一部工事が入っており、病室へ戻るにはそこを通らなければならなかった。 なんとも運の悪いことに、車椅子をせっせと運転する患者さんの頭上から、作業員が落としたのだろう金槌がせまっていたのだ。 「危ないっ!!」 水野が叫び、強く車椅子を一気に強く押した。 お陰で頭に当たることは無かったが、車椅子に金槌がギリギリぶつかり、軽く跳ねた金槌が水野の腕へと直撃した。 「いっ…」 突然のことに周囲は騒然としたが、平然を装いお騒がせしましたと、軽く謝り、病室へ送り届けた。 そして時間を見てみると、相川に呼ばれた時間になってしまっていた。 (やっべ!) 水野は慌てて踵を返し、周りからの心配の声を大丈夫ですと受けながし、早歩きで相川の居るであろう402へと向かった。 そしてそこには夕焼けに照らされて待ちくたびれた様子の相川の姿があった。 「遅い」 「すみません、少しトラブルがありまして…患者さんには何もありませんでした」 「そうか…。」 「それより、わざわざお呼び出しなんて珍しいですね」 「あぁ、そうそう。新患の話ってのなんだが…」 ガチャンと不吉な音がしたかと思えば、相川は何故か部屋の鍵を閉めたのだ。 「先生?」 「それ嘘だ」 「へ…あの…」 1歩、また1歩と相川は水野へとにじり寄る。水野はまたそれに合わせるように1歩ずつ退いていく。やがて水野の踵が壁にぶつかると、相川が話し始めた。 「言いたい事が…ん?」 「なんですか…?」 「お前、腕どうした、赤いぞ」 「あっ…さっき金槌がぶつかって…」 「金槌!?ちょっと見せろ!」 相川は強引に水野の腕をとる。 「いった…!」 「…折れてはなさそうだけど…手隙の医師がいるかPHSで連絡すれば良かったろっ」 「いや…まだ仕事だと思ったので…!」 「その仕事に支障が出たらどうする気なんだ?」 「す、すいません…」 相川は少し不機嫌そうな顔をした。 「はぁ…まったく…。話は今度にしよう。レントゲン一応撮ってこい。」 ここで話をしなければ全てなぁなぁになる。今ここで全てを話さなくてはいけない。水野は直感的にそう感じた。 「待ってください」 「…なんだよ?」 「先生の俺への今のお叱りは医師としてですか?年上としてですか?」 「決まってるだろ?どっちもだが?」 「…俺っ…!どっちでも嫌なんです…!俺に特別な感情もってくれませんか!?」 「…は?」 「気持ち悪いって思うかもしれません、けど!けどっ…!俺は…」 水野は顔を真っ赤に染め上げ口ごもった。 「水野?」 「俺…先生のこと好きなんです」 相川は夕焼けの赤さに紛れて、ほんのり頬を赤く染めた。 「先生はっ…佐藤さんみたいな…弟みたいな人の方が好きなんですか?…それとも…男同士なんて気持ち悪いって思いますか?」 水野は気がつくと涙を流していた。それでも、水野の胸はもうチクチクとしてはいなかった。 「…俺の飼ってる猫のユウは…おまえの名前からとったんだ。」 「…え…」 「…新歓の時からずっと気になってた」 照れくさそうに頭をガリガリと掻きながら言うと、水野は驚いた顔で相川を凝視した。 「こんな事言わされるとまでは思わなかった…」 「せ、先生、本当、なんですか?」 「本当だ。」 「で、でも…」 相川はまた短く息を吐くと水野の後頭部と腰を抱え、抱き寄せた。 「これでも、信じられないか?」 「せ、せんせ…」 「答えろ水野、俺のになるか?俺が好きならそれくらい出来るよな?」 「……お願いっ…します」 相川は泣き笑いする水野の更に溢れ出た涙を指で掬い、優しく微笑みかけた。 そして再度抱き寄せ、そっと耳元で囁いた。 「2人きりだし、もう少しこのままな。ここまで言わせた罰として、お前に拒否権は無い」 驚愕する水野を他所に、やはり意地悪く微笑むのだった。 〜fin〜
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