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もう何もかも打ち明けて、明け渡して知らない事は無いくらいの存在なのに、余裕そうに笑う姿に戸惑いを隠せない。
キッチンへ避難して、未だ落ち着かない心を何とかしようと言う思惑がバレたのか、呼びかけられて手招きされてしまっては、従う他なかった。
「……なに?」
負けじと平静を装って彼へと近寄る北上。
室内灯が付いたこの場所は普段から自分が暮らしている部屋であることは変わりないのに、秋良がいるだけで別のホテルか誰かの住居にいるような感覚になる。
無駄にそわそわして浮き足立って。
悔しいけれど、装ったところで無駄だった。
昔と同じで、嘘も演技も下手くそすぎる。
両手を広げる秋良の胸へ、黙って収まる北上。
少し苦しくなるほど抱きしめられると、改めて目の前に本人がいるのだと再認識する。
「はぁ……」
思わず彼の背に腕を回し深呼吸をして、北上は感嘆のため息を零した。
現実だって分かってる。
秋良は目の前にいて、自分はその相手に包まれている。
香る匂いは2年前と変化のない秋良のもの。
今と昔とで体つきに違いはあれど、服越しに伝わる体温も同じ。
こんなにも安心して、心地いいのだから。
夢を見ているようだと感じてしまうのは、間違っていることも分かっている。
でも。
「ねぇ……秋良」
泣くのを堪えて囁く。
「何ですか」
口調も何だか懐かしくて、少し笑って。
「来てくれてありがとう」
告げて。
北上は我慢出来ず、秋良の肩に顔を埋めた。
言うまでもない。
鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなって察したのだ。
あぁ、泣いてしまう、と。
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