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「もうひとつ、お伝えしておきたいことがあります」
言って立ち上がり、後ろの襖を開けると北上に「入って」と促す。
「あ、なた……っ!」
祖母が口元を手で覆い、顔は瞬く間に青ざめていく。
一方、父は少し驚いた目を向けつつも、母は動じることなく笑んでいた。
怯えるように俯き足元を見つめている北上を少し後ろで正座させ、秋良は守るように前方で同様にすると躊躇いもなく告げる。
「僕の大切な人です。アパートで一緒に暮らし、学園の校長、理事長になった時も傍にいて欲しいと思う人です。……だから、見合いも受けません。僕の次に後継者が欲しいなら捜して下さい」
どうせ祖母のことだ。
"生きているうちに曾孫が見たい"と言い出し、その曾孫でさえも操ろうとするのだろう。
渋っていれば早々に見合い話が来る。
その時になって北上について話すのもよかったが、彼がそれを察した時絶対に身を引こうとするから。
離れようとするから。
愛しい人との関係が危機的状況に陥るくらいなら、先に告げてしまい祖母と絶縁になった方がマシだと思った。
「何を……言っているのか、分かってるの……?」
震える彼女の声は、涙を流してはいなくとも泣いているようだった。
申し訳ない、なんて微塵も感じない。
「これが、僕の出した答えです」
湯呑みを卓上に置いた祖母は、緩緩と首を横に振る。
それを見かねた父が、初めて口を開いた。
「理事長。貴女の1番の願いを息子は叶えると言ったのです……もう十分でしょう?」
幼い駄々っ子を宥めるように。
その声音は包み込むような柔らかさと温もりがあった。
ところが。
「十分ではないわ!世間体や、周りの目だって__ 」
耐えられなくて。
膝の上にあったこの掌は、拳を作り爪を食い込ませていた。
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