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いつかは必ず対面しなければならないと思っていた。
そして傷つけ悲しませてしまうのだ、と。
まさかこんなに早く会うことになるなんて。
「仕事は、どちらにお勤めになるか決まりましたか?」
「あ、はい。秋良……くんが通う大学の近くの高校に」
”くん”などつけたことがなかったから、うっかり忘れかけた。
苦笑いを張り付けてごまかすも、きっとばれているだろう。
「……秋良、北上先生のことを沢山振り回しているんじゃないかしら。家で自由が効かない分、その反動が……って、言っても言い訳でしかないですけど」
寂しげに、伏せられた目。
口元は何とか笑んでいるけれど、目尻からは今にも涙が零れそうだった。
「ぁ……」
何を、言ったら。
否、何も言えない。
言える立場ではない。
彼女を苦しませているのは、他でもない自分なのだから。
開きかけた唇を結び、北上は俯いた。
謝罪はしない。
悪い事だと分かっている。
でも、謝ればきっと「返して」と言われてしまう。
そんなことはできない。
そんな選択はない。
だからと言って、「幸せにします」と簡単に言えるわけも無くて。
「秋良のこと、お願いね」
その言葉に、勢いよく顔を上げた北上の頬には滴が伝っていた。
泣かない、泣きたいのは母親のほうだ、と必死に言い聞かせていたのに。
「あの子、料理したことないから教えてあげて?」
「……っ、はい」
「一緒に住むようになってわかると思うけれど、極度のお坊ちゃんだから……何でも一人でできることはやらせてね」
「は、い……っ」
彼女が、北上と我が子がどういった関係なのかを理解していないはずがない。
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