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1.
入学して一ヶ月が経ち、彼と彼女と自分は同じ部活に所属していることもあって、よく一緒に下校していた。
他人とコミュニケーションをとるのが苦手な自分に彼が気さくに話しかけてくれて、弓道部に入部したのも彼が誘ってくれたからだった。
彼と彼女は付き合っていた。
それを考慮して一緒に帰るのをやめようとするも、彼が引き止めるため三人で帰る日々は続いていた。
彼は優しくて、彼女と同じくらい自分のことを大切にしてくれた。
傷つけないし、少しでも異変があればすぐに声をかけてくれる。
本当に良い人で、惹かれないわけがなかった。
彼女がいても、好きだった。
彼の幸せを壊したくなかったから、時折胸が苦しくなるけれど我慢して笑った。
不毛でも報われなくてもよかった。
ただ、今の関係と環境が変わらなければそれでいい。
何気ない話をしたり、笑い合ったりできればいい。
彼の姿が目の前にあるだけで十分だった。
なのに、そんなささやかな幸せは突然崩壊した。
『ごめん、忘れ物した。先に帰ってて』
いつものように部活が終わった放課後。
正門を出ようとした時に思い出した自分は、二人にそう伝えた。
『待ってるよ。慌てすぎて転ぶなよ』
彼が笑いかけてくる。
『分かった。すぐ戻るから』
自分はそう返して教室へと向かう。
急いで階段を駆け上がり、机の中を漁った。
確かに入れていたはずなのに、見つからない。
ロッカーを探して、机の横に下がっている鞄の中も見てみる。
それでも見つからなくて持っていた鞄をよく探せば、自分の忘れ物が見つかった。
思い違いをしていたことを恥じつつも安堵した、その時。
『見つかった?』
教室の出入口から顔を出したのは、彼ではなく彼女。
『見つかったよ。遅くなってごめん』
苦笑いを口元に貼り付けて謝罪する。
『ううん、いいの。丁度二人きりになりたかったから』
『え……』
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