1.

1/9
前へ
/160ページ
次へ

1.

入学して一ヶ月が経ち、彼と彼女と自分は同じ部活に所属していることもあって、よく一緒に下校していた。 他人とコミュニケーションをとるのが苦手な自分に彼が気さくに話しかけてくれて、弓道部に入部したのも彼が誘ってくれたからだった。 彼と彼女は付き合っていた。 それを考慮して一緒に帰るのをやめようとするも、彼が引き止めるため三人で帰る日々は続いていた。 彼は優しくて、彼女と同じくらい自分のことを大切にしてくれた。 傷つけないし、少しでも異変があればすぐに声をかけてくれる。 本当に良い人で、惹かれないわけがなかった。 彼女がいても、好きだった。 彼の幸せを壊したくなかったから、時折胸が苦しくなるけれど我慢して笑った。 不毛でも報われなくてもよかった。 ただ、今の関係と環境が変わらなければそれでいい。 何気ない話をしたり、笑い合ったりできればいい。 彼の姿が目の前にあるだけで十分だった。 なのに、そんなささやかな幸せは突然崩壊した。 『ごめん、忘れ物した。先に帰ってて』 いつものように部活が終わった放課後。 正門を出ようとした時に思い出した自分は、二人にそう伝えた。 『待ってるよ。慌てすぎて転ぶなよ』 彼が笑いかけてくる。 『分かった。すぐ戻るから』 自分はそう返して教室へと向かう。 急いで階段を駆け上がり、机の中を漁った。 確かに入れていたはずなのに、見つからない。 ロッカーを探して、机の横に下がっている鞄の中も見てみる。 それでも見つからなくて持っていた鞄をよく探せば、自分の忘れ物が見つかった。 思い違いをしていたことを恥じつつも安堵した、その時。 『見つかった?』 教室の出入口から顔を出したのは、彼ではなく彼女。 『見つかったよ。遅くなってごめん』 苦笑いを口元に貼り付けて謝罪する。 『ううん、いいの。丁度二人きりになりたかったから』 『え……』
/160ページ

最初のコメントを投稿しよう!

108人が本棚に入れています
本棚に追加