Beatrix -ビアトリクス-

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キッチンでお湯を注ぐだけのコーンスープを作り終えた俺は、マグカップを片手にリビングへと戻った。 4人掛けのダイニングテーブルの半分はもうすでに綺麗に片付けられていて、残り半分のうちの1席で母がこんがりと焼けたトーストにかじりついている。 俺はその向かいの席に座ると、スプーンでマグカップの中身をかき混ぜながら、朝のニュース番組に目をやった。 軽快なBGMと共に丁度エンタメコーナーが始まる。 清潔感のある白いテーブルを前に、今日のアナウンサーたちは揃って明るい表情を浮かべていた。 彼らの背後にある大きなモニターには傘を差したネズミの絵が映し出されていて、ステンシルのような独特のタッチは一目見ただけでバンクシーの作品を彷彿とさせる。 「港区の防潮扉にバンクシーの作品と思われる絵が描かれていたことがわかりました」 そう伝えるアナウンサーの声が心なしか弾んでいる。 バンクシーと言えば、少し前、サザビーズのオークションで自ら作品を切り刻んだことが大きな話題となった。 落札と同時に、作品に仕込まれていたシュレッダーが作動し、風船を持った少女の絵を切り刻んでいく様はテレビの画面越しに見てもかなり印象的だった。 作品の価値を認められているにも関わらずそれを自ら切り刻んでしまうと言うクレイジーな行動を俺は信じられない気持ちで眺めていたが、その理由がアートを金でやり取りされることへの抗議だったと言う報道を聞いてからは見方が変わった。 きっと彼にとっては1.5億円を失ってでも貫くべき主張だったのだろう。 何より皮肉なのはそれによって作品の価値がさらに上がってしまったことだろうが。
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