Beatrix -ビアトリクス-

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靴の下で転がしていたボールをほんの少しだけ蹴る。 それをまたすぐに靴の下に戻し、今度は違う方向に少しだけ蹴る。 それを繰り返しているうちに、ふとボールが足を離れ、思わぬ方向へと転がって行った。 その進行方向には談笑する女子たちの群れがある。 やばい。 そう思ったのもむなしく、ボールは結構な勢いで女子たちの群れの中に突撃してしまった。 慌てて追いかけ、振り向いた女子たちに声をかける。 「ごめん」 ボールを転がした元が俺だとわかった途端、女子たちの顔に呆れた笑みが浮かんだ。 「もー、春太かー。しょうがないなぁ」 ボールを拾った女子が、それを投げ返すことなく、差し出してくる。 この距離なら投げ返されてもきちんとキャッチできるだろうが、普段の俺の行いを見ている彼女たちはそう判断しないらしい。 差し出されたボールを受け取った時、すぐ隣にいた女子が何のためらいもなく、俺の腕を掴んだ。 何事かと彼女を見ると、その視線は俺の髪を捉えていて、「今日はセットばっちりじゃん」なんて至近距離で見つめてくる。 すかさず周りの女子たちから「本当だー」「今日はカッコいい」なんて声が上がり、中には髪に触れてくる女子もいる。 彼女たちが接近してくる度、ふわりとシャンプーの香りが舞い、情けなくも俺の心臓は高鳴ってしまう。 「触るなって」と彼女たちから距離を取ると、「はいはい、ごめんね」なんてまるで思春期に入りたての弟に対するような言葉が返ってくる。 そうだ、どんなに俺が胸を高鳴らせても、その先を期待しても、彼女たちは皆、俺のことを弟程度にしか見ていない。 男として意識していないからこそ気軽に下の名前で呼べるし、何のためらいもなく距離を詰められる。 それに気付く前、もしかしたら俺ってモテるのかもなんてほんの少しでも舞い上がった自分が情けない。
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