Beatrix -ビアトリクス-

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「この絵は10年ほど前からここに描かれていたとのことですが、東京都は鑑定と保護のために防潮扉ごとこの絵を撤去しました。今のところバンクシー本人からの"犯行声明"は出ていませんが、仮にもしこれが本物だとすると、推定8千万円の価値があると言うことなんですね」 爽やかな短髪の男性アナウンサーが明るい表情で伝えると、他のアナウンサーたちが「本物だったらすごいですね」「バンクシーも東京を訪れていたかもしれないんですね」と和やかに微笑み合う。 「8千万円だって」 母はトーストで口をもごもごさせながらそう言うと、コーヒーを一口飲んでからさらに続けた。 「10年前から見つけてた人は勿体ないことしたわね」 「アートって言うのはそういうもんじゃないんだよ」と心の中で呟く。 やはりこの人にとって重要なのは、金とか結果とか目に見えるものでしかない。 アートと言うのは目に見えるものとは真逆の場所にある、と俺は思う。 自らの作品を切り刻んだバンクシーを見てからはより一層その想いが強くなった。 けれど、それを今、口には出さない。 説明したところで、どうせ「はいはい」と面倒くさそうに聞き流されるだけだ。 俺は大人なので、人にそんな態度を取られたからと言って、心を乱したりはしない。 コーンスープのほんのり暖かい温度でささくれだった心を癒す。 「続いてはスポーツです」
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