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母はまだまだ言い足りない様子だったが、俺に聞く気がないことを悟ったのかあからさまなため息を一つ零しただけで、それ以上はもう何も言ってこなかった。
テレビに視線を向ける。
俺の癒しの女子アナが優しい笑みを浮かべている。
それに集中しようとしても、隣の席はどうにも視界に映り込んできた。
相変わらず俺をげっそりさせる眩しいほどの輝きを放っている。
確かに秋菜は幼い頃から何でもそつなくこなせる子どもだった。
俺より2つも年下のくせして、やけにしっかりしていたし、落ち着いてもいた。
俺の方が弟みたいだと何度言われたかわからないし、実際に弟だと勘違いされたことだってある。
俺が勝っていることと言えば、力と背丈くらいのもので、後は成績にしても、運動神経にしても、礼儀正しさとか要領の良さとかその他もろもろ、とにかく人間としてのスペックがもう負けている。
そんなわけだから、秋菜が俺を兄として認めることなどもちろんなく、頼られたことと言えば、幼稚園の鉄棒から降りられなくなった時が最初で最後だ。
そもそもお兄ちゃんと呼んでいたのだって小学校低学年くらいまでの話で、今は生意気にも「春太」と呼び捨てで呼んでくる。
そして俺に小言を言う母をなだめるのだ。
「春太だから仕方ないって」と。
「ほら、もう出る準備を始めなきゃいけない時間でしょ?」
いつの間にか食器を下げた母がキッチンからせかしてくる。
言われなくても時計はちゃんと確認していた。
俺が席を立とうと決めていた時刻まではまだあと2分も余裕がある。
残り3分の1のスープをゆっくりと飲み干したってまだ余るくらいだ。
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