Beatrix -ビアトリクス-

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自転車から降りて、校門を入ると、目の前には校舎まで続く100メートルほどの並木道が待ち構えていた。 これがなければ5分前に到着しても余裕で始業のチャイムに間に合うと言うのに、我らが津田(つだ)第一高校ときたら、校門を入ってまずこの無駄な並木道、さらに駐輪場は玄関から逸れて50メートルほど進んだ奥まったところにあると言う不都合な造り、極めつけに自転車は校門前で降りなければならないと言う規則まであるのだから溜まったもんじゃない。 せめてこの並木道を乗車OKに変えられないものだろうか。 叶うはずのない願望を胸に、今日も駐輪場までの道を歩く。 自転車通学の生徒が多ければその声が聞き入れられることもあるのかもしれないが、俺の知っている限り、この学年には1人しかいない。 そんな状態で掛け合っても無駄なことはわかっている。 だからせめて校長がこうして怠そうに自転車を押す俺の姿に何か感じてくれればいいなと思う。 そんな儚い願いを胸に到着した駐輪場は今日も相変わらずがらんとしていた。 薄汚れた白い屋根の付いた10メートルほどしかない駐輪場に停めてある自転車と言えばいつ見ても5、6台で、中にはもう随分とそこから動かされていないようなものまである。 一番端の定位置に自転車を停め、丁度鍵を掛け終えた時、後ろから「おはよう」と声がした。 振り返ると、中込広斗(なかごめひろと)が笑顔で軽く片手を上げている。 前髪をセンターで分けたツーブロックに、少し気崩した制服。 格好自体はどこにでもいるごく普通の高校生なのだが、渋谷のライブハウスを満員にするギタリストと言う別の顔がチラつくせいかどうにもチャラい。 互いに自転車通学だったこと、同じ区の別の中学に通っていたことがわからなければ、話をする機会すらなかったかもしれない。 広斗が自転車を停め終わるのを待って、一緒に正面玄関に向けて歩き出した。 彼からはいつもの柑橘系の爽やかな香りが漂ってくる。 街で嗅いだらこいつの顔が浮かんできそうなくらいには嗅がされている。
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