ケーキの箱は大さわぎ

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 街角に灯る光に、クリスマス装飾の煌めきが加わって、人々の足取りも旋律(リズム)に乗って弾みます。教会の牧師さんは、クリスマス・イヴの礼拝を前に、ちょっとだけ表に出てみました。冷たい風が頬を撫でて行き過ぎます。 「今夜は雪になるかもしれない」  信者さんがスロープで滑って転ばないように、小さな玄関マットを敷きました。   「よし、これでいい」  顔をあげると、小さな子供ふたりが往来の向こうを歩いていきます。大きい男の子は、ようやく小学校にあがったくらい、もうひとりの小さな男の子はまだ指をくわえているようです。大人ばかりが行き交う、大きな道です。   「親御さんの姿が見えないな」  ふむ、と少し心配をしました。しかし、礼拝の準備はもう少しかかります。  時計を見るとまだ夕方の4時半です。 「迷子のようでもなかったし、きっと家へ帰るところだろう」  クリスマスツリーの星が傾いていたのを指でつつくと、教会のなかへ入って行きました。  男の子たちは、たしかに近くに住む兄弟です。ただ牧師さんの思ったように、家へ帰る途中ではありませんでした。ふたりは小さな体でずんずん歩いて、大きな橋を越えた先の洋菓子店の前へやってきました。  硝子窓は曇っていますが、中から暖かい光がとろりと溢れています。中には大人が沢山いるようで、黒い大きな影が揺れています。 「ケーキ、ある?」  弟のふーくんが、お兄ちゃんのゆうくんに聞きました。ゆうくんは雪だるまの飾りの後ろに回り込み、お店の様子を伺います。 「ちょっとまって」  と弟をたしなめて、窓に鼻の頭を押しつけました。ふーくんも横に来て、硝子に手のひらとおでこをむぎゅっと押し付けると、ついでにガラスをぺろりんと舐めました。 「ケーキ、あるね。おみせのひともいるけど、ちょっといそがしそう」 「入らないの?」  ふーくんがせっつくので、 「入るよ」  大きなドアの取っ手を両手でぐいっと押しました。  カラン、コロロン。ドアベルが鳴りました。 「よいしょ」  ふわっと甘い香りが温かくふたりの頬を包みました。まるで、ジャムトーストを千切ったときみたいな香りです。コートを着た大人たちの行列で、小さなお店はぎゅうぎゅうでした。
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