ケーキの箱は大さわぎ

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 実は、ふうくんのマフラーを拾った人がいます。バイオリンケースを持った売れない音楽家の男でした。コートのボタンはふたつ取れてしまっていましたし、ブーツは穴が開いていて、雨が降ると沁みてくるのでした。アパートの家賃が払えず、商店街でクリスマスソングを演奏して小銭を稼ごうとしたのですが、警察が来て追い払われたところでした。  男はずいぶんむしゃくしゃしていました。お腹がぺこぺこなうえに、今日の稼ぎのあてもなくなってしまったのです。  川にかかる橋まで来たら、拾った黄色いマフラーを捨ててしまうつもりでした。  ぶらりぶらりと歩いていると、橋の手前でしゃがみこんで話している小さな子供たちが目にとまりました。   ――あの子たちのマフラーかな。  そう思いましたが、声を掛けずにもう少し様子を見ることにしました。もしも間違いで、泣かれでもしたら困ります。いくら貧しい身なりでも不審者扱いはまっぴらでした。  ふうくんとゆーくんは、男に気付かずに洋菓子店を目指して歩き出しました。男の前を通り過ぎ、歩道と車道の間の植え込みにも目をこらして、マフラーを探しました。  あっちへふらふら、こっちへゆらゆら。  箱の中はブランコに乗っているように揺すられます。 「見つからんようだな」 「そうねえ、まだ落としてからそんなに経ってないと思うんだけど?」  サンタとパンダは心配そうに窓を見上げます。   「だから、こどもにケーキを運ぶなんて無理なんだ」  天使は苦い顔をしています。 「マフラー、ないね」  お店の前まで来ると、ゆうくんもしょんぼりしてしまいました。 「ママ、おこる?」  ふーくんが心配そうな目で尋ねます。ふーくんのことは怒らないかもしれません。でもふたりでケーキを取りに来たことを、怒るかもしれません。ゆうくんも心配で胸がドキドキしてきましたが、いまはマフラーは諦めて、おうちに帰るしかありません。   「だいじょうぶだよ、きっと。ふたりであやまろうね」  小さい声ですが、なんとかそう言うことが出来ました。 「だいじょうぶかなあ……」 「だいじょうぶ。今日はクリスマスだし。あ、ちがった、クリスマスイブだし!」  言いなおして、あはは、と笑うとつられてふーくんも、あはは、と笑いました。  機嫌の良さそうな兄弟を見て、音楽家はふたりの後ろから声をかけようとしました。  ところが、笑って気持ちがほぐれたのか、ふーくんが、 「ぼく、おしっこしたい」  と言ったのです。  ケーキの箱の中はざわつきました。 「今度はおしっこだなんて!」
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