ケーキの箱は大さわぎ

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そのときです。  黒い影が、天窓をよぎりました。  兄弟の様子を見守っていた音楽家が咄嗟に身を乗り出し、ケーキの箱を紙袋ごと掴んだのでした。  男はぐしゃりと袋の端を握りしめ、乗りだした体を元に戻すと、ふう、と息をつきました。  ケーキをふたりに渡そうとしましたが、 「おじさんはだれ? もしかして、どろぼう?」  ゆうくんが後じさります。 「待て待て、どろぼうじゃないだろ、俺は。ほら、お前たちのケーキだ」  音楽家はケーキの袋を差し出しました。 「あ! ふーくんのマフラー! やっぱりどろぼうだ」  おんぼろコートのポケットから黄色いマフラーがのぞいています。 「勘違いだ! これは拾ったんだよ、ケーキ屋の前で」  男は慌てて弁解しますが、ゆうくんは腕組みをし、ふんぞり返ります。 「あやしい!」  ふうくんも、にやにや笑いで、 「あやしいねえ」  と詰め寄ります。 「怪しくないったら! まったく、なんてガキだ」  ほら、と音楽家はふたりにケーキの紙袋とマフラーを渡し、 「じゃあな」  と踵を返しました。 「だーめー! おじさん、行っちゃだめ」  ゆうくんが大声で叫びました。音楽家はイライラしながら振り返ります。 「なんなんだ、俺は忙しいんだぞ」 「こどもだけで、よるあるいてたら、あぶないでしょ。おうちまでおくっていってよ」  ゆうくんは、考え考え言いました。大人に送ってもらったら、ママに怒られないかもしれません。 「ダメだ。知らない人についていっちゃダメ、っておじさんのママに言われているから」    男はポケットに手を入れて悲しげに首を振りました。ぐうううう、とお腹も悲しげに鳴りました。
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