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やば、と手を緩めると、その隙にダイヤが壁と私の間から抜け出した。
立ち尽くす私を反対に壁際に押し付け、
「やってやる。惚れさせてフッてやる」
と私の顎をつかむ。私はその手を振り払い、
「大根アイドル」
と吐き捨てた。髪とメイクを直してもらい、32テイク目。気持ちを切り替え、自分の動きを確認したのち、スタンバイ。ダイヤのことは極力見ないようにする。
スタートの声とともに、
「めぐみちゃん!」
と思い詰めた顔のダイヤが駆け寄ってくる。
「豊くん!」
台詞はこれまでと同じトーンだ。表情もそのはずだが自信がない。
手を伸ばし、彼の腕の中へ。
すると、ぎゅっと熱く固く、まるで溶けた石膏が絡み付くような抱擁に包まれた。
隙間を埋めつくしていくのは欲情。
離さない、という強い意志が、腕だけでなく肩や胸、腰や太ももからぐうっと伝わってくる。
「君とひとつになりたい」
囁きははっきりと、でもとても甘やかで耳朶が染まる。
台詞……なんだっけ。カメラ、見なくちゃ。自然と吐息がこぼれ、瞳が潤む。
「あぁ……ん……私も。私もよ」
彼のシャツを握りしめる。
彼も吐息をついて身をよじり、もどかしそうに背中を撫でながら、抱擁はさらにきつくなった。その瞬間、空が見えた気がした。綿あめのような雲が流れる、白と金色の空。夕日じゃない、仄かに赤みを帯びて照らすのは朝日。
涼やかな川風で体が冷えてしまっている。これからすぐに、人目のつかないところへ彼を連れていく。太陽が高くなるまでふたりで何度も愛し合うのだ。何度も何度も、繰り返し。
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