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「はいオーケー!」
監督の声が響いたが、ダイヤの体が離れない。いや、私も恍惚として体が動かない。
本当に、二人がひとつになってしまったみたいに。
「おっけぇいっ!」
監督の声が聞こえなかったか、というように、肩掛けカーデのプロデューサーがカメラの前に躍り出る。たまらず私が笑い始めると、やっと彼の腕が緩んだ。
彼が誰にも聞こえないくらい小さく、
「惚れた?」
と尋ねる。
私は首を振った。
「ていうか……それ以上」
「なにそれ、ヤバ」
彼はポケットに手をつっこみ、わざとだらけた歩き方で橋のセットから降りていった。その耳とうなじが、燃えるように赤い。
「お疲れ様でした」
私のマネージャーがやってきて、
「スケジュールが押しているため食べるシーンは別々に撮って合成します」
と告げた。
わかっていたことだけど、もう彼とは当分会えないらしい。
抱擁の感覚がまだ全身に留まっていて、自分で自分を抱き締めたくなる。
監督に頭を下げてスタジオを出ていく彼と視線が交わると、先刻私だけが見た朝日の新鮮な熱を感じた。私と彼の頬が同時に紅潮し、彼の方が先に視線をそらした。
罪つくりは私か、彼か。
数ヵ月後には何かの撮影で再会するだろう。
一瞬の恋は、その時まで私のなかに根付いているだろうか。
<了>
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