君が見せた朝陽

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ーー   夕暮れの橋。   上手から豊、下手からめぐみが登場。 豊「めぐみちゃん!」 めぐみ「豊くん!」   ふたり、駆け寄り抱き合う。   豊の顔にクローズアップ。 豊「君とひとつになりたい」   めぐみ、ため息をつきながら。 めぐみ「私も。私もよ!」   上空から二人にクローズアップ。 ふたり「ひとつになったら、もっと美味しくなれるから!」 ナレーション「ミネラルの豊かさと山のめぐみがひとつになった極うま塩やきそば」    ふたり、橋の上で 『焼きそば十兵衛 極うま塩きのこ』を食べる。 ーー 「はいカット!」  監督がまた立ち上がった。  豊役の相原ダイヤくんは視線を落とし、 「すんません」  ぼそりと呟き、橋を降りていく。 「気にしないで」  めぐみ役の私が小声で励ますが届いていないようだ。  監督は台本を小脇に抱え腕組し、眉間を掻いている。体を揺らしながら、  「言いにくいんだけどさあ」  とダイヤくんの横に並ぶ。 「久し振りに再会した彼女だよ? もっとぎゅっと、壊すような勢いで抱きしめてよね」 「はい」  欄干のセットはあるけど、夕焼けは後から合成。グリーンバックのCM撮影はよくあることだけど、無いものを在るように見せるのは役者の力量次第だ。  サーキュレーターの風はやさしい夕風だし、目を射るようなライトは暮れゆく夕日。全身全霊で集中し、別世界を感じることでしか、解放感に満ちた抱擁シーンが作れない。  しかし、30回目のNGとあって、私ももう疲れきり、風を生み出すモーター音も、照明の熱も気になって仕方ない。ついでにプロデューサーがカーディガンを肩にかけているのが笑いのツボをじわじわ押す。業界人気取りというか、そのもの過ぎてなんだかおかしい。  メイクさんに髪を直してもらいながら、ダイヤくんの表情をさりげなく伺う。  やる気はあるらしいのに、ハグシーンで突然、素に戻ったように遠慮がちになる。  こういうときは話しかけてリラックスさせるべきなのだろうか。  彼はアイドルからモデル、俳優業へと裾野を広げてきたタイプ。  私は入り口がモデルだったけど、いまは女優業に専念している。ダイヤくんよりも芸歴が長いから、アドバイスできれば良いのだが、アイドル畑の男性はプライドが高いことが多い。へそを曲げてしまえば、撮影はさらに難航するだろう。 「先に食べるシーン撮りますか?」  肩掛けカーデのプロデューサーが監督に持ちかける。 「ダメ。満腹で駆け寄る演技はさせらんない」  折り畳み椅子に反り返って、言い放つのが聞こえた。  私まで肩身が狭くなり小さく頭を下げたのを、見られてしまう。
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