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「平日の午前中は人が少なくて良いわね。あなたには、早くから付き合わせて悪かったけど」
「いえいえ、僕も美術展は平日派ですから。それか、すっげえ悪天候の時」
すっげえ、という言い方を、歌織は咎めなかった。ただ苦笑しただけだ。
こんなふざけた言い方を見逃してくれているのも、仕事ではなくデート……でもないが、とにかくプライベートの外出なのだと言う事を実感させる。
「ああ。恵佑さんも、店が休みで天気が悪いと嬉しくなるって言ってたわ。前に台風の日に庭園美術館の小さな展示室で、パリュールの逸品と二人きりになった事が有るそうよ」
パリュールとは、ティアラやストマッカーと呼ばれる胸飾り、ネックレスなど、幾つかのジュエリーがセットになった装飾品の事だ。
従兄弟の恵佑が展示品を一人で見られたという事を「二人きり」と言う言い方をする歌織の普段とは違う子どもめいた一面に、安斎はまたもや身悶えた。
「……それは、盗みたくなりそうですね」
「駄目よ、盗んじゃ。触ってみる位なら良いけど」
「それも駄目ですよ」
実に下らないやり取りだ。下らなければ下らないほど、にやにやが止まらない。
今日、安斎が歌織と一緒なのは、デートでも何でもない。単に昨日「明日の休みはどう過ごすか」の話をしていて、偶然二人ともここに来ようと思っていた事が分かったからだ。
……と思っているのは実は歌織だけで、安斎は歌織がそう言ったので「僕もです!」と合わせたのだった。幸いなことに、方々から貰う機会が有ったので、家に何枚も招待券が有った。
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