第9話 残されし者たちよ、懺悔せよ①

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第9話 残されし者たちよ、懺悔せよ①

 九つに分割された画面の中で、黒のボディスーツとマスクで全身を覆った二つの人影が戦っていた。  両者の動きは人間離れしていて、一方がもう一方に壁まで吹っ飛ぶような打撃を加えても、次の瞬間には体勢を立て直して逆襲を始める……そんなあり得ない映像が繰り広げられていた。  俺は携帯の小さな画面に映し出される異様な風景に、しばしくぎ付けになった。  この動画は一係を経由してもたらされた資料だが、どういう経緯で入手した物かは不明だった。  わかっているのはこの動画が「アンフィスバエナ・フィジカルプロジェクト」と何らかの関係がある、ということだけだ。  俺はまるで映画のような両者の動きを、数日前の「復讐者」と思しき人物の姿に重ね合わせていた。「復讐者」の着用していた黒いスーツは、動画の二人が着用している物と酷似していた。  仮に「復讐者」が「アンフィスバエナ・フィジカルプロジェクト」で開発されたスーツを着用していたとしたら、「復讐者」は明石と何らかのつながりがあることになる。  それどころか、明石自身が「復讐者」という可能性すらある。明石の鍛え上げられた肉体と比べると俺が戦った相手はスリムだったが、そのあたりはどうとでもなるに違いない。  ――もう一度、明石に会ってみるか。  俺はポケットからライターに似た金属製の小箱を取りだし、眺めた。これは「被害者」を持ち運ぶ際に使用する「携帯死霊ケース」なのだ。俺が動画の再生を止め、携帯をしまいかけると、ふいに手の中で携帯電話が呼びだし音を鳴らした。 「……もしもし、カロン?沙衣だけど、待ち合わせ場所についたわ。たしか「N区3―5―9の第一天界ビルでいいのよね?」 「……ああ。それがどうした」 「このビル、四階から九階まで「アンフィスバエナ・フィジカルプロジェクト」のオフィスが入ってるのよ。知ってた?」 「何だって、本当か?」 「本当よ。テナント表示に出てるもの。これってこれから会う相手と関係があるのかしら」  沙衣の問いかけは、俺の中の明石に対する疑惑を増大させた。 「わからん……とにかく俺もすぐに行く。後は出たとこ勝負だ」 「わかったわ。じゃあ待ってるわね」  沙衣との通話を終えた俺は、電車を降りるべく席を立った。これから会う相手はハンク・由沢といって荒木丈二をタイトルマッチで再起不能にした、かつての対戦相手なのだ。                ※ 「第一天界ビル」のカフェで俺と沙衣の前に現れたのは、浅黒い肌の精悍な男性だった。 「はじめまして、由沢と申します」  ハンクは如才ない笑みを浮かべ、俺たちに握手を求めてきた。 「朧川です。……時に、このビルにはどういった用向きでいらっしゃったんですか?」 「身体のメンテナンスですよ。以前、世話になったトレーナーがここで東洋式の施療院を開いてましてね。僕も喘息の発作を持っているので鍼治療をしに時々、来ているんです」  俺はハンクの健康的な表情を見て、意外の念に打たれた。そういった持病を持っているようには見えなかったからだ。 「ところでハンクさん、荒木丈二さんをご存じですね?」  俺が本題に入ると、ハンクは真剣な表情になってうなずいた。 「その話題ですか。……もちろん、知っています。彼の死は僕にとっても残念な出来事でした。なにしろ彼の引退のきっかけを作った人間ですからね。何とか再起して欲しいと願っていた矢先でもありました」  ハンクは沈痛な面持ちで絞り出すように言うと、拳を固く握りしめた。 「荒木さんは肘を痛めて辞められたとのことですが、ハンクさんから見て彼の負傷は致命的なものに見えましたか?」 「……ええ、残念ながら。彼の武器はフックで、たまたま僕のパンチが彼の肘をまともに砕いてしまったんです。ストレートが弱い彼にしてみれば、フックを封じられることは命を奪われるのに等しかったはずです」 「なるほど。……話は変わりますが、最近、荒木さんとゆかりのある何人かが不慮の事故で亡くなられています。ご存じですか?」  俺が「復讐者」の話題を持ちだすと、ハンクの顔色がさっと変わった。
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