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第9話 残されし者たちよ、懺悔せよ②
「やはりそれが本題でしたか。先日も別の刑事さんが僕のところに見えられましたよ。荒木さんの代理を語る人物が復讐をして回っているという話でしょう?」
「その通りです。そしてあなたは先週、その「復讐者」の襲撃を受けていらっしゃる」
俺が核心に切り込むと、ハンクの目が驚愕に見開かれた。
「なぜそれを……」
「刑事には一切、打ち明けてないのに……ですか?そうですね、しかし無意識に呟かれることはあるでしょう?」
「そうか、SNSでの知人とのやり取りが漏れたんですね。……その通りです。黒づくめの男と一戦、交えかけました。しかし僕が突然、喘息の発作で倒れると、相手は逃げていきました。理由はわかりません。倒すまでもない相手と思ったのかもしれません」
「なるほど、そう言うことだったんですか。……では、一つうかがいましょう。あなたを襲った黒づくめの人物は、このような黒のスーツとマスクを 着用していましたか?」
俺は携帯を取りだすと、スーツを着た人物同士が戦っている動画を見せた。
「これは……」
動画に目を落とした瞬間、ハンクは絶句した。やはり俺たちを襲ったのと同一人物か。
「このスーツはあるプロジェクトのために開発された物だと、私は考えています」
「あるプロジェクト……」
「身体機能を高めるスーツを着用した人間同士の格闘を実現する、プロジェクトです。このビルにそのオフィスがあるのですが、ご存じではありませんか?」
ハンクが一瞬、躊躇するように口をつぐんだ、その時だった。
「……ハンクさん、まだお帰りになってなかったんですね」
ふいに横合いから声がして、小柄な人影が姿を現した。
「ああ、先生。ちょっと人と会わなくてはならなかったもので」
ハンクに先生と呼ばれた男性は白い施術服を着ていた。どうやら元トレーナーというのは、この人物らしかった。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
俺が警察手帳を見せると、白衣の人物は目を丸くした。
「警察の方ですか?ハンクさんが何か事件と関係でも?」
「ええ、実は最近、巷を騒がせている暴漢がハンクさんを襲ったと聞きましてね。話を伺っていたんです」
俺が簡潔に話をまとめると、男性は納得がいったというように頷いた。
「その話なら、私も聞きました。……申し遅れましたが、私はこのビルの三階で東洋式の施療院を営んでいる秦陽海と言います。ハンクさんとは以前、ボクシングのトレーナーをしていた時からのお付き合いで、時々、喘息の治療にいらしゃってるんです」
「なるほど、では暴漢に襲われた時に発作が出たという話もお聞き及びですね?」
「はい。なんでも黒づくめの人物だったとか……」
「先生、刑事さんがおっしゃるには、このビルに入っている会社が、その人物が着ていたスーツを作っている会社だというんだ……」
ハンクに囁かれ、陽海の目がすっと細くなった。
「面白いですね……」
俺が次の質問を準備していると、上着の内側で何かが動く感触があった。あらためてみると「死霊ケース」の蓋がかたかたと小刻みに鳴っていた。
「おい、どうしたんだ……」
俺がケースの中にいる「被害者」に向かって問いかけた、その時だった。
突然、店の外で悲鳴のような声が上がったかと思うと、ドアから二メートルはあろうかという巨漢が姿を現した。巨漢は入院患者のような白い衣服に身を包み、血走った目で俺たちの方を見た。
「がああっ」
巨漢は足元のテーブルを蹴散らすと、俺たちのいる方に大股で近づいてきた。そしてふいに足を止めると、なぜか俺を見下ろして薄笑いを浮かべた。
「ちょうどいい……こいつを殺ってすっきりしよう」
頭の中で警戒シグナルが点滅し、俺は巨漢が手を伸ばすより一瞬早く後方に飛び退った。
「むっ?」
巨漢の腕が空を切り、壁際で息を荒くしている俺を忌々しげに睨んだ。
――カロン、わしに代われ。今ならエネルギーも満タンだ。
ふいに俺の中で声が響いた。やつだ。「死神」が目を覚ましたのだ。
――いったいこいつは何なんだ、旦那。
――わしにもわからん。だが相当厄介な相手であることは確かだ。
俺は左手にはめている手袋をそっとずらした。よし、真っ黒だ。戦うには十分だろう。
俺は人間狩りの喜びに燃えている巨漢の目を見返すと、目を閉じて全身の力を抜いた。
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