第10話 この世ならざるもの、眠れ①

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第10話 この世ならざるもの、眠れ①

 俺の意識が闇に沈むのと同時に、巨漢の丸太のような腕が俺を襲った。  「カロン……どうしたの?」  身体の支配権が死神に移ると同時に、沙衣の驚きを含んだ声が響いた。 「目が赤く光って……あっ、後ろに何かいるわ」  そりゃあいるだろう。彼女には俺の身体に取り付いている死神の姿が見えるのだから。 「うおおっ」  死神は巨漢の攻撃を紙一重のところでかわすと、テーブルからテーブルへ振り向くことなくバックステップで逃げた。  ――よし、「大鎌」を使おう。  死神が呟くのを聞き、俺は慌てて異を唱えた。  ――ちょっと待ってくれ、相手はでかいだけで俺と同じ人間だ。怪我はさせるな。  ――怪我でもさせない限り、奴は攻撃を辞めない。こちらが殺されてもいいのか?  俺は唸った。死神の言う「大鎌」とは一種の「かまいたち」のことで、相手の身体を切り裂く技だ。力の調節次第では浅い傷で済ませることも可能だが、このデカブツに適用するからにはかなりの深手を負わせる気なのだろう。  ――気にすることはない。正当防衛だ。……来るぞ。  死神が体勢を低くするのと同時に、巨漢の腕が頭をかすめた。死神はそのまま膝の発条を使って巨漢の懐へと飛び込んだ。 「うおっ?」  死神の右手が巨漢の胴の前で薙ぎ払われ、巨漢の衣服が切り裂かれるのが見えた。  直撃か?そう思った直後、俺は死神の目を通して信じがたいものを見た。  露わになった巨漢の胴には、黒い防刃プロテクターのようなものが巻かれていたのだ。  「何の武器か知らんが、無駄だ」  巨漢は口元に残忍な笑みを浮かべると、死神の襟首をつかんで高々と持ち上げた。  宙吊りにされた死神は両手で巨漢の手をつかむと、引き剥がそうと力を込めた。 「無駄な抵抗はやめろ」  巨漢が死神の首を絞め上げ、中にいる俺までが息苦しさを覚えた。まずい。このままだといずれ支配権が俺に戻ってしまう。昼間の死神は夜の時と比べて憑依できる時間が短いのだ。  ――カロン、もう時間がない。こいつを殺していいか。  死神が最後通牒ともとれる言葉を発した、その時だった。 「ぐっ」というくぐもった呻き声と共に死神の首をつかんでいた力が緩んだ。俺と死神はそのまま床に崩れ落ち、同時に巨漢がゆっくりと仰向けに沈んでゆくのが見えた。
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