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第12話 人の姿に似せし黒き影たち①
「いいところにいらっしゃいました。ちょうど今、スーツのモニター同士の模擬対戦を行うところです」
俺たちと顔を合わせるなり明石はそうまくしたてた。早口とは裏腹に顔に緊張が貼りついているところを見ると、模擬格闘とやらを俺たちに披露することはあらかじめ段取りがついていたのだろう。
俺と沙衣はビルの五階にある一室へと案内された。大きなディスプレイとコンソールがあるだけのモニタールームだった。ディスプレイにはリングのような四角い空間と、向き合って身がまえている黒いボディスーツ姿の二つの人影が映し出されていた。
「この二人は体格、運動能力ともほぼ互角です。スーツも同じ性能の物を着用しています」
明石は滑らかな口調で説明すると、コンソールのマイクに向かって「ファイト!」と叫んだ。明石のコールと同時に二人が動き、それぞれに攻撃を繰りだした。
一方のファイターが蹴りを繰りだすと、もう一方が紙一重でかわし、肘を叩きこんだ。吹っ飛ばされた方のファイターはロープの代わりに設けられた柵に激突し、その機を逃さず駆け寄ったもう一方が、柵に押しつけるような形で連打を叩きこんだ。
「ひどい……一方的じゃない」
沙衣が嗚咽に近い呟きを漏らした。
「とんでもない。このくらいやってもらわないとデータが取れません」
明石は感情を交えない声で応じた。その言葉に反応したのか、打たれていた方のファイターが一瞬、低く沈んだかと思うと、次の瞬間、ドロップキックを思わせる蹴りを飛び込んできた相手にくらわせた。
先ほどとは真逆に、飛ばされた相手ファイターは反対側の柵に激突し、床に沈んだ。倒れた隙にもう一方が駆け寄り、倒れている相手にここぞとばかりにストンピングを繰り返した。
立て続けに繰りだされる残虐ファイトに、沙衣はディスプレイから目を背け始めた。
「我々のスーツファイトの特徴は展開が早いことです……御覧なさい」
明石がそう言うや否や打たれるに任せていたファイターの姿が消え、次の瞬間、攻撃側の身体をホールドし、バックドロップのように後頭部から床に叩きつけた。
「なんだこの動きは……あり得ない」
俺が絶句していると、ダメージを受けているはずの相手がぴょんと起き上がり、再びファイティングポーズを取った。あれだけ互いに打ち合ったというのに、どちらにもまるでこたえている様子はなかった。
「……ようし、そこまでだ」
明石がマイク越しに中断を命ずると、ファイターたちはその場ですっと背筋を伸ばした。
「いかがですか、我々の提唱する新しい芸術は」
明石は誇らし気に言うと、俺たちの感想を待ち受けた。
「……素晴らしいショーだね。出演者が人間らしさを失わなければの話だが」
俺が懸念を口にすると、明石は「その点は改善の余地が残っています」と返した。
「そのあたりについて少々伺いたいんですが……実は先日、偶然荒木さんの奥さんが暴漢に襲われるところに出くわしましてね」
俺が予告なしのジャブを繰りだすと、それまで余裕を見せていた明石の顔からすっと血の気が引いた。
「暴漢に……どうしてまた」
「それは俺にもわかりません。それより気になったのはその暴漢が、ですな。黒いボディスーツを着ていたんですよ。それで人間離れした怪力を目の当たりにしましてね。こいつはどこかで見たことがあるなと」
「……刑事さん、腹の探り合いはよしましょう。つまりこうおっしゃりたいのでしょう?我々の研究所からスーツが流出したと」
「話が早くて結構ですが、質問しているのはこちらです。スーツが流出するとおっしゃいましたが、心当たりがおありなんですか?」
俺が満を辞してストレートを繰りだすと、明石はのけぞるような仕草と共に押し黙った。
「私の方では把握していません。……ですが開発の現場にいる人間なら、何か知っているかもしれません。答える代わりにそちらにご案内しましょう」
明石は肚をくくったのかディスプレイの電源を落とすと、ドアの方を目で示した。
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